拝啓 天馬 どうやら私は男爵令嬢として転生したようですⅣ


「おーい、ソフィー? どうしたんだよ、急に黙って。付き添いならオレの護衛がいるから大丈夫だぞ」


 ソフィーが無言になったのを、付き添いがいないと悩んでしまったと思われたのか、リオが安心させるように言った。


「リオ、護衛がいるの?」

「ああ。別に珍しくもないだろう」


 確かに、王都なら珍しくもない。外に出るなら、大抵の貴族は護衛をつける。護衛をつけるのは貴族の中でステータスでもあった。


 オーランド王国には“王のつるぎ”と言われる男子のみが通える学院がある。そこでは騎士を育成する学部があり、優秀な人材を育成し輩出していた。


 “王の剣”に入学すると、学部によって星が与えられ、その成績や実績において星の数が増えるシステムだ。護衛は、王国の騎士になれなかったものや、王国の騎士にはなれたが、怪我や一線を退いた者たちが就く職でもあった。


 ステータスとなるのは、この“王の剣”を卒業し、かつ星の数をたくさん持っている者を護衛として雇うことだ。


「リオの護衛さんは、星を持ってらっしゃるの?」

「ソフィーも、星付きに興味があるのか?」


 一瞬、リオの表情が嘲るようなものに変わったが、ソフィーは気づかず興奮して声を上げた。


「銅星一つ以上の方に興味があるわ!」

「なぜだ?」

「お父様の護衛さんが、銅星一つを賜った方なのだけど、回してほしいとお願いしてもダメと言われたの。だから、銅星一つ以上の方なら、回してくれる筋肉があるんじゃないかと思って」

「回す?」

「こう、私を、両脇を抱えて回してほしいのよ。グルグルって!」


 自分の両脇に手を差し込みジェスチャーするが、うまく伝わらなかったのかリオが不可解そうな顔をした。


「…………なぜ?」

「楽しそうだからよ!」


 両脇を抱えて回す遊びは、祐であった時からの夢でもあった。父親がおらず、母親からも十分な愛を貰えなかった祐は、公園で父親と遊ぶ子どもたちをいつも羨んでいた。大きくなるにつれ、そんな憧憬は捨てた。


 しかし、忘れたわけではない。子供に戻った今、可愛らしい少女に転生した今なら、夢のグルグルを実現できるかもしれない。


 本当は父親であるエドガーにしてほしかったが、腰痛持ちの彼には一度断られている。記憶が戻る前の話だが、何度も頼むほどソフィーも鬼ではない。


 祐にとってグルグルは愛情の証でもあった。今世では、父からも母からも愛情は十分に貰っているから、グルグルが無くてもよい。けれど、どうしてもグルグルしてほしいという欲望が尽きない。誰でもいい、グルグルしてほしいと!


「昔、お父様にお願いしたら、危ないからダメだと断られたの。腰痛持ちのお父様だからそれ以上は頼めなくて。だからお父様の護衛の方に頼んだんだけど、ダメってこちらも断られたのよ。確かにグルグル回してもらうのというのは、私は楽しいけど、回すのは大変だろうからイヤなのは分かっているのよ。でも、銅星一つ以上の方なら軽々回してくれるんじゃないかと思って!」

「いや、…それは力がある無いの問題じゃないだろう。いくら子供でも、貴族の娘にそんなことできないだろう」

「その可能性も考えたけど、私ももう六歳、来年は七歳よ! このまま大きくなったら二度と誰にもグルグルされずにまた一生を終えてしまうわ!」

「また?」

「あ、いえ…。とにかくっ、グルグルしてほしいの!」

「……まぁ、アイツは頼めばしてくれるかもしれないが」

「本当!? ありがとうリオ、お願いしてみるわ!」


 心底嬉しそうなソフィーに、リオもそれ以上は言わなかった。口元は引きつっていたが、また怒られると厄介だと思っているのだろう。


 リオの護衛は外で待っているということだったので、すぐに準備をして外に出ることにした。


 勿論、母の了承を得てから。

 ソフィーが頼むと、母は一人でないならと聞き入れてくれた。その際、お小遣いをお願いすると金貨十枚を手渡された。


「……ねぇ、リオ。金貨十枚ってどのくらいの価値があるの?」


 ソフィーは買い物をしたことがない。勿論お金の価値も知らない。


 金貨十枚ってどれくらいの価値なのかとリオに問えば、金貨一枚で、果物や野菜などが売っている店で買おうとしたら、わりと大き目な一つの店を余裕で全部買い占められるくらいだそうだ。


 市場の店は、個人でおこなっている屋台に似たものだ。前世の日本のスーパーとは規模がまったく違うが、そうだとしても店一つを買い占める気はない。


「お母様、もっと小金を下さい」


 金貨一枚の価値が重い。こんなものを小娘が持っていたらスリにあってしまいそうだ。そしてそんなに買うつもりもないことを遠回しに告げる。


「でもソフィー、お母様もお買い物をしたことがないから詳しくはないけど、それだとドレスも靴も買えないと思うの」

「…いえ、ドレスや靴が欲しいわけではないので。お母様、ソフィーはただ買い物というものがしたいだけなのです」


 嘘だけど。本当は市場でよい食材があったら買って、料理して母に食べさせるつもりだけど。


 しかし、貴族の娘は料理などしない。料理したいから食材費をくれなどとは言えない。


(ふふ、買ってしまえばこっちのものよ! あとはどうとでも理由をつけて料理すればいいわ)


 まさか可愛い娘が悪徳業者のような思惑で頼んでいるとは知らず、母は侍女に頼んで金貨より下の貨幣、銀貨五枚を持ってきてくれた。


「銀貨五枚なら、どれくらい買えるのかしら?」


 今度は母がリオにきく。リオは「銀貨一枚で家族四人、五日分の食材が買えるくらい」と答えた。その家族が平民なのか、貴族なのかでかなり違いがあるんじゃないかとソフィーは思ったが、母は何も疑問に思わなかったようで『まぁ、そうなの。リオ君は物知りなのね』と喜んだ。


「小娘が銀貨五枚もってるってどうかしら?」

「護衛がいるから大丈夫だろう」


 リオの言葉に、ソフィーは納得して銀貨を小さなポーチに入れた。


「じゃあ、行きましょうリオ!」


 笑顔でリオを促すと、母も笑顔でいってらっしゃいと送り出した。


 世間知らずな母と、この世界の基準も未だ十分には理解していないソフィーは、リオに『この親子、貴族なのに市場に買い物に出ることになぜ疑問を持たない。普通使用人に行かせるだろう…』と呆れられていたことにまったく気づかなかった。

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