拝啓 天馬 どうやら私は男爵令嬢として転生したようです

 

 天馬、どうやら私は男爵令嬢として転生したようです。


 正気を疑われるかもしれませんが、事実なのです。


 もう一度言います。


 前世、中村祐だった私は、男爵家の令嬢ソフィー・リニエールとして転生いたしました。理解できましたか? 


 まぁ、私自身は混乱して、十分に理解できていませんけどね。


 もう、驚きすぎて脳の処理が追いつかなかったのか、記憶を思い出してから三日間寝込んでしまいました。記憶が戻り体力が戻っても、未だ混乱中です。


 ですが、その中で一番ハッキリしている感情があります。


 それは天馬、貴方に会いたいという気持ちです。無理だと言うことは理解しています。けれど、叶うなら貴方に会いたいです。


 そして、私、貴方に――――自慢したい!!


 見てほしい、この白く輝く肌、夜空のような黒髪、翠玉のような瞳、こんな美少女に生まれ変わったオレを!! 

 でもって自慢したい、この美少女を!


 前世の凡顔の男だった祐じゃ、絶対に相手にされないレベルに育つであろうこの美少女を見てほしい、マジで。


 イエーイ!! オレめっちゃ美少女!! 人生勝ち組!!


 ……失礼、レディとして失格な言葉遣いでしたわ。


 貴方に会えないのは残念ですが、せめて、貴方へのお手紙という形式で、これからも日記を書こうと思います。


 それでは天馬、ごきげんよう。







 パタリと分厚い日記を閉じると、ソフィーは深紅の小さな唇から、ふっと息を吐いた。


 父親からは深い漆黒の髪を、母親からは美しい翠玉の瞳を引き継いだ彼女は、黙っていれば、今年六歳となる可愛らしい幼女だ。


 しかし、


「天馬、きっと無事助かったよな…」


 幼女に似つかわしくない言葉遣いで、はぁとため息を吐く姿は、くたびれたおっさんの哀愁を彷彿とさせた。


 ソフィーは数日前、プライベートリバーで溺れた。


 さほど深くもない川だったのだが、幼少期からなぜか水を苦手としていたソフィーは、石につまずき川の中へ転倒した衝撃に驚き固まってしまい、パニックで川の浅さにも気づけず溺れているところを、たまたま通った馬車に乗っていた少年に助けられたのだ。


 少年に「大丈夫か!?」と問われ、ソフィーが息も絶え絶え に発した言葉は、前世の親友の名前だった。


 思わずこぼしたその名に、ソフィーは全てを思い出した。

 自分の前世が男で、水難事故で死んだことを。


 それまでのソフィーは、ずっと違和感を抱えながら暮らしていた。

 何か大切なモノを忘れているのに思い出せない感覚がソフィーにはいつもあった。


 例えば、本を読んでいても、初めて見たモノだというのに、これは全然知らないモノ、これは知っているモノと同じだと選別してしまう。違うとか、同じだと、いったい何と比較しているのか自分でも分からなかった。


 自分でも奇妙だと感じるそれを、口に出して誰かに伝えたことはない。幼いながら、どこかおかしいと感じることを、口には出せなかったのだ。


「まぁ、言わなくてよかったよな。前世の記憶のせいだなんて誰も考えられないだろうし」


 机に肘をつき、手のひらを丸みの残る白い頬にあて、呟く言葉は完全に前世の祐の仕草、口調だ。


「おっと、いけない。わたしはソフィー! ご令嬢なんだから!」


 ふっふっふっと、笑う。

 まさか自分が女の子に生まれ変わるとは思わなかったが、今の人生はとても幸せだ。


 中村祐だった頃には無かった家族が、ソフィーにはいるからだ。


 祐は、五歳の時に母親から捨てられ、児童養護施設で育った。父親の存在をまったく知らず、母親からは捨てられ、独りぼっちだった祐の一番の幸運は、小学校で天馬という友人と出会ったことだった。


 もしも天馬がいなければ、きっと自分の人生はロクなものではなかっただろう。


 だからこそ、あの水難事故の時に、絶対に天馬だけは生きて帰ってほしいと願ったのだ。自分の命を代償にしても、彼だけは無事でいてほしかった。


「無事に日本に帰れたよな…」


 記憶が戻ってから、何度となくソフィーは天馬のことを口に出してしまう。


 冷たい海水の中で、自分のように命が果ててしまっていたら……そう考えるだけで胸が苦しくなる。


 天馬には、彼の帰りを待つ家族がいるのだ。祐だったころ、天馬の家族にはとてもよくしてもらった。だから、絶対に無事に帰ってほしかった。


「ええっい、悩んだって仕方ない! 天馬は運が良かったし、大丈夫だ! 大丈夫に決まってる!」


 天馬は、一枚しか買っていない宝くじが絶対当たるという強運の持ち主だった。その運を信じるしかなかった。


 けれど、どんなに信じ、祈っても、この世界では天馬の行方を知ることはできない。自分が死んだあと、どうなったのか分からない身では、どうしても憂えてしまう。


 不安の衝動をなんとか抑えようと、ソフィーは手慰みに、親友への手紙という形で、日記を書くことにした。


 内容は読まれると色々とマズいので、そこは前世の記憶を活かして日本語で書いている。


 これで何を書いても、誰かに読まれても、内容が分かることは無いだろうから安心だ。それに、分厚い日記帳は長年愛好できるよう、丈夫な物をお願いした。これなら毎日書ける。


 記憶が戻ってから、ソフィーは決めたのだ。

 祐だった時の思い出を語るのは日記の中だけ。

 それ以外は男爵令嬢ソフィー・リニエールとして生きると。


 両親から大きな愛を貰い、不自由無い生活をおくらせてもらっている。その愛に、ソフィーとして応えると決めたのだ。


 だが、一つだけ両親の愛に応えることができない事項があった。


 それは結婚だ。


 この世界は、貴族でなくても、大抵親が決めた相手と結婚するのが普通だ。

 しかし、両親には大変申し訳ないが、ソフィーは一生独身を貫き、ゆくゆくは修道女になろうと決意している。


 前世が男だったから、男と結婚するのに抵抗があるというわけではない。


 前世で死にゆく時、親友の命を助けるのと引き換えに、来世は聖職者として神様に操を立てると、神に祈ったことを思い出したからだ。


 もしかしたら、この誓いがあったから、神様が前世の記憶を思い出させてくれたのかもしれない、と考えたのだ。


 これは遂行しなければならないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る