拝啓 天馬 ここは地獄です
天馬、お元気ですか?
あの日、自分が中村祐の生まれ変わりだと思い出した日から、こうやってあなたに宛のない手紙という形の日記を書き始めて、もう数年が経ちました。
貴方が無事に生還できたか、無事日本に帰国できたか、前世の記憶が戻ってから何度も心配しました。
ですが、運動神経抜群で、何度も宝くじを高額当選してきた運の強さ、加えて腹が立つほどの美形である天馬なら、きっと無事に過ごしているだろうことを確信しております。
え、顔は関係ないって?
美形に生まれた時点で幸運を味方にしているということですよ。
さて、私はというと男爵令嬢ソフィー・リニエールとして再び生を受け、淑女として日々を過ごしております。
まさか、この私が女の子として産まれ、しかも、前の世界とはまったく違う世界に生きているなんて、貴方はびっくりするでしょうね。私も、いまだに驚いています。
前世が中村祐であったことを思い出した日から、私は男爵令嬢ソフィー・リニエールとして、根をはって生きようと決意しました。
勿論、前世を忘れることはできませんし、大切な記憶の一部を、私は愛しております。
あれから数年、たまに感情的になると、祐がふざけんなよ! と顔を出してしまうこともありますが、それはご愛嬌ですよね。
まぁ、それはさておき天馬。
私はいま、地獄におります。
ここは――――地獄です。
前世の親友への手紙、という形で記している本日の日記の内容を考えることによって現実逃避を試みたが、現実が強すぎて逃避しきれず、ソフィーは目眩を起こしそうになる。
ソフィーの前には、左右合わせて八人の男たちが列をなしていた。
特に一番前列、左右二人の顔面値の高さは異常のうえ、その家柄もズバ抜けて高い。
「お初にお目にかかりますソフィー様。私はロレンツオ・フォーセルと申します。お会いできるのを楽しみにしておりました」
小娘にするには似つかわしくない、あまりにも慇懃過ぎるだろう挨拶をするのは、侯爵家の次男で、その優秀さからまだ二十代前半だというのに、現在オーランド王国の医科学研究所所長を務めるロレンツオ・フォーセル。
銀縁メガネの奥から、どこか人を見透かすような灰色の瞳と目が合い、ソフィーは息が詰まるのを感じた。長身だというのに、腰まである長い藍錆色の髪を一つに束ね、いかにも貴族的な笑みを浮かべる立ち姿は、それだけでも美しい絵画のようだ。
「ジェラルド・フォルシウスと申します。ソフィー様の護衛を仰せつかっております」
ロレンツオとは反対に、形式的な礼を執るのは伯爵家三男、ジェラルド・フォルシウス。
端整な顔立ちをしているが、ニコリともせず、無表情で感情が読みづらい。
だが、容姿だけで見れば、どこかおとぎ話に出てきそうな金髪碧眼の王子様のようだ。
十六歳にして、騎士の中でも少数しかその地位を得ることのできないとされている聖騎士団の一人である彼が、よく男爵令嬢の護衛など、身分に合わない命令を受けたものだ。いくら断れない人間からの命令とは言え、憤慨しなかったのだろうか。
自己紹介をされるたびに、スカートの裾を持ち上げ、ソフィーは淑女の礼を執り、にこやかな笑みを浮かべる。
自分でも、ただ顔に笑みを張り付けているだけの、感情を殺した笑顔だという認識はある。だが、仕方ない。だってここは男子だけが通える“王の剣”と呼ばれる学院なのだ。
令嬢であるソフィーは、これからある事業を成功させるまで、この学院での生活を余儀なくされる。
美形とはいえ、男は男。右を見ても男、左を見ても男。男ばかり。
(天馬、もう一度いいます。ここは――――地獄です)
前世、高校は男子校、職場も男社会だったので見慣れていたが、今世では見たくない。どんなに美形でも男はノーサンキュー。マジいらない。マジ勘弁してほしい。
(なぜ!? なぜこうなったの?! 私は男爵令嬢。令嬢なのに!!)
まだ子息たちの自己紹介は続いているようだが、聞けたものか。
そんなものを聞くより、頭を掻きむしって怒鳴りたい気持ちを必死に抑える。
一週間前まで、ソフィーは確かに天国にいた。
美しい花々に囲まれ、この世の春を満喫していたのだ。
しかし、たった一週間で、なぜこんなことになってしまったのか。
(なんでッ、私がこんな野郎ばっかりの所に! 私のエデンを返せ!)
淑女にあるまじき暴言だが、普段の生活では気をつけているから、今だけ、心の中だけなので許してほしい。
ソフィーは、一週間前までは、貴族の令嬢たちが通う学院で日々を過ごしていた。
令嬢だけが通えるそこは、ただ貴族であれば誰でも入学できるわけではない。選ばれた優秀な令嬢のみが通える学院だ。そこで、ソフィーは才媛才女の男爵令嬢としてその名をはせていた。
それが、まさかこんなことになるとは思わなかった。
確かに結果的には自分が選択した結果なのだが、一週間前までは天国にいたというのに、今や男地獄。対比が酷すぎる。
それでは、ソフィーが地獄へ落とされることとなった顛末をお聞かせしよう。
そう、それはソフィーが前世の記憶を思い出したあの日に遡る――――。
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