第2話 幹部様曰く

到着してみると、想像よりも大きな島だと気づいた。

だが、大きな山と森、祭壇そのくらいしか無い島に見える。

森が一部剥げているのはシーニの一族が争った形跡だろうか。


(それなりの大きさの島とはいえ、この規模の祭壇を隠すなんてそもそも無理なだったんじゃないかな)


それほどまでに祭壇は大きかった。

祭壇の中央の大きな扉が地下に向かってついている。ここから降っていくのだろう。


ボクは突入の準備をしながらも先程のシーニの話を思い返していた。


『一族を殺された復讐をします。』


はっきり言って無謀だ。理由はいくつらでもある。


第一に常に監視がついていること。

人間だって常にボクらの反乱を恐れている。万が一反乱が起これば、鎮圧できたとしても奴隷という資産に傷が付き、最悪の場合失われてしまうからだ。

だから彼らは遺跡内でボクらから目を離さない。

特別に魔素の濃い最深部を除いて常に複数人で付いてくるだろう。彼らを簡単に排除できるとは思えない。


第二に鎖で繋がれていること。

ボク達は常に鎖に繋がれているけど、これはただの鎖ではない。魔族拘束用の魔導具だ。

首輪から伸びる鎖は物体を通過し、たとえ地下深くにいても切れることはない。

その上この首輪は鎖の持ち主の意志で絞めることも可能だ。鎖で締め上げられている同僚を何度も見た。あの光景は目に焼き付いている。


第三にここが離島だということ。

首尾よく遺跡内で自由になれたとして、船はどうする?当然だがボクは船の操舵なんてできない。

操舵できる人間を脅したとして目的地に行ってくれるものだろうか。


第四にボクとシーニの連携が全く取れていないことだ。

綿密に計画しても失敗する可能性が高いのに、ボクはシーニがどのように復讐するつもりなのか一切知らないのだ。

中に入れば監視が付き、相談なんてできないだろう。

そんな行き当たりばったりで成功する反乱なんてないだろう。


(やっぱり無謀だよなぁ)


シーニは運命だと言っていたが偶然の符号に盲目的になりすぎている気がする。やっぱり止めるべきだよな。


改めて決心したが、シーニの姿が見えない。早く彼女探して説得しないといけないのに...


「エーレイ」


焦って見回していると後ろから声をかけられた。


「シーニ!?」


ボクは慌てて振り返る。


「シーニじゃなくて悪かったな」

「愛しのシーニちゃんは一旦船に戻ってるわよ?」


声をかけてきたのはディーゴとアイロだった。

彼らはボクと同じ魔族の奴隷だ。ボクがこのギルドで生まれた時から世話をしてくれている先輩だ。


「茶化さないでくださいよ。」

「そんなに必死に探して、シーニちゃんになんか有ったの?」


アイロが心配そうに聞いてくる。

考えてみればシーニが反乱を起こせばこの二人だってただじゃ済まないだろう。

この島シアラに来ている魔族はシーニを合わせてこの4人で全員。二人にも伝えておくべきかな...?


「エーレイさん?」


そんなことを考えていると、また後から声をかけられた。

今度は間違いなくシーニの声だ。


「私を探していたんですか?」

「あ、ああ。ちょっと話したいことがあってさ」


人目があるこの場ではとても話せない。鎖はどうしようもないとしても、せめて人に聞かれない場所に行かなくては...


「二人で話がしたいからついてきてくれるかな?」


とりあえずシーニを連れてここから離れなきゃいけない。


「おっ死地に赴く前に愛の告白か?そういうのあんまりオススメしないぜ?」

「そうそう。そういうことした奴は大抵しぬんだから!」

「そういうやつじゃないんで!」

「お、おい!」


ディーゴとアイロの茶々しなんて気にしてられない。

とりあえず急いでシーニを連れて船に戻ろう。まだ荷物運びをしてるし不自然ではないだろう。


―――――――――――――――――――――――


「どうかしましたか?」


狭い船室に連れ込んでも、シーニは何事もなかったかのように聞いてくる。


「さっきの話だけど、やっぱり止めよう。無謀だよ」


人に聞かれてないか最大限警戒しながら小声で話す。


「大丈夫ですよ」


だがシーニははっきりと言い切った。

なんの根拠があるのかわからないが自信満々の笑みで。


「エーレイさんが協力してくだされば絶対に成功します。」

「だから何でボクなんだよ!絶対に成功ってなんの根拠があるのさ!」


苛立ちを隠せず声を荒らげてしまった。

我に返り周りを見渡すが、幸い誰にも聞かれていないみたいだ。


「...わかりました。根拠をお話します。」


ようやく根拠が聞ける。何か秘策があるんだろうか?無いならどんな手段を使っても止めなくちゃならない。


「エーレイさん。あなたはこのギルド唯一の...」

「エーレイ!バークレイ様がお呼びだ!今すぐ出てこい!」


またバークレイか。良いところでいつも邪魔しに来やがる。


「はい!今すぐに行きます!」


適当に返事をしながらボクは、突入は明日以降だろうし戻ってから改めて続きを聞こう。


「ごめん!すぐ戻るから後で絶対に教えてね!」


シーニにそれだけ伝えて急いでバークレイの元へ走る。

バークレイは言葉遣い程乱暴では無いがせっかちで時間にはうるさい。急がないと...


「はい。では続きはまた後でしましょう!」


シーニは相変わらずの笑顔だった。


―――――――――――――――――――――――


「今から祭壇の洞窟へ突入する」

「え?」

「だから!今から!突入するって言ってんだよ!」


想定外過ぎて何も言えない。


「で、ですが、まだキャンプの設営もできていないんですよ!?」

「キャンプなんざしなくていいだろ!船があるんだからよ!」

「でも船からここまでそれなりに距離ありますし!」

「うるせえ!うるせえ!魔素が濃すぎてこの島の地上でさえ長居できないんだよ!」


島に来てから慌ててばかりだったから気が付かなかったが、確かに濃い。

即座に影響が出ることは無いだろうが、通常のペースでは倒れる人間も出てくるだろう。


(シーニは人間が漂着してしばらく過ごしたって言っていた。なのにこんなに魔素が濃いなんてあるのかな?)


「俺も本当はこんな無茶はしたくねぇ。どれだけ深いかわからん遺跡にいきなり飛び込むなんてプロのやることじゃねぇしな。」

「だったら!」

「だが!」


バークレイの一喝に思わず背筋が伸びる。


「お前ならやれると考えた」

「え?」

「俺も魔族の奴隷を多く見てきたし、遺跡に放り込んできた。そん中でもお前は生きて遺物を取ってくることにかけちゃピカ一だ!そんなお前ならやれる方に賭ける。それだけのことだ!」


バークレイと組んで遺跡に潜るのは何度目になるだろう。

まさかそこまで評価してくれているとは思っていなかった。

生まれてから人間に認められたのが初めてだったボクにはとても響いた。響いてしまった。


「わかりました。そこまで言っていただけるなら、最大限力を尽くします!」

「おう!わかったら準備しろ!」


急いで準備に戻らなきゃ!初めての信頼を失いたくない!

そんな背後で―――


「チョロいぜ...」


と聞こえた気がしたが、多分気のせいだろう。


今から突入するとシーニの言う根拠を聞けないことを思い出したのはそれから数分後のことだ。


―――――――――――――――――――――――


「急な予定変更があったが、やるべきことは変わらねぇ!潜って取ってくるだけだ!簡単だろう!」


バークレイが突入前の演説を始めている。

簡単なわけないことは皆わかっている。

一番危険な場所に行くのは当然ボクらだが、彼らだって危険なことに変わりはない。

命がけであることに変わりはないのだから、から元気でも奮い立たせておくべきなんだろう。


「我らがギルド赤き剣が躍進するのは今日この時だ!行くぞ!!」


演説の勢いとは裏腹にゆっくりと扉はこじ開けられ、徐々に地下への階段が顕になる。

今回も始まるのだ。命がけの遺跡攻略が。

反乱する仲間への対処も必要だし、魔素が通常より濃いので人間への気遣いも必要だろう。今までの遺跡攻略とは色々な意味で訳が違う。一層気を引き締めて挑まなければ全滅だって当然あり得る。今まで以上の緊張感で体が痺れる。


(他の皆は大丈夫かな?)


先頭を行くディーゴとアイロはベテランだけあって平気そうに見える。

その後ろでボクの隣を歩くシーニは何処か楽しげにすら見えた。


(こんなに緊張してるのボクだけなんですね...)


ボクらより後ろに5mほど離れた位置にバークレイ達赤き剣のメンバーが10人。

こんなに人数が多いのは戦力という意味もあるが、ボク達の監視の意味合いが強い。

万が一にも奴隷に遺物を盗まれないようにしているんだろう。

それだけここの遺物に期待している現れでもある。

地上にいるサポートメンバー等を考えたら今回の遠征は総勢30人位にはなるだろうか。

ギルドマスターがいないことを除けばこのギルドの最大出力と言って間違いないだろう。


(この人数を相手に反乱なんてできるものなのかな...)


そんなことを考えながらひたすらに階段を降りてゆく。



―――――――――――――――――――――――



長い長い階段を降り始めてどのくらい経っただろうか。

もう数時間折り続けている気がする。

帰り道はこれを登るんだろうか。生きて出られる気がしなくなってきた。

バークレイ達の魔素濃度限界も近い気がする。


「あの!一度休憩に...」


とボクが言いかけた瞬間に


「おい!扉だ!ちょっと来てくれ!」


たしかに目の前に扉があった。

だが僅かに数m先行していたディーゴに見つけられてボクには見えなかったなんてあるだろうか...?


「ねぇ。この扉見えてた?」


小声でシーニに確認してみる。


「いえ。私には突然扉が出てきたように感じました」

「だよね」

「人間様の限界を察知して出てきてくれたんじゃないの?」


アイロにも聞こえていたらしい。疲れからか軽口も冴えない様子だ。


「とはいえ道は一本でしかない。行くしかないな。」


ディーゴの果断さがありがたい。

とはいえこういうとき罠をまず疑うべきはもちろん扉だ。

開けた瞬間矢が飛んでくるとか槍が突き出してくるなんてのは日常茶飯事だ。

だから扉を開けるのはいつも一番のベテランであるディーゴの仕事だ。


「ザッと調べた感じだと罠は無さそうだな。」

「ディーゴが言うなら間違いないね!」


無理矢理明るく言ってみたけど、そんな訳はない。

こちら側からでは調べられない罠だっていくらでもあるのだ。


「じゃあ...開けるぞ!」


そう言って慎重に扉を開き始めた。


―――――――――――――――――――――――


扉の向こうはだだっ広い大広間が広がっていた。

パッと見たところ、行き止まりのように見える。


「なんだ。散々脅かしといてもう最深部?」

「まだ何があるかわかりません。慎重に調べましょう!」


アイロの軽口にボクは生真面目に返す。


「そうですよ!魔神の祭壇なんですよ?これだけで終わるはずがないでしょう。気を引き締めましょう」


シーニも賛同してくれた。まだ何も始まっていないのだ。警戒を解いて良いはずがない。


警戒をしながらボク達魔族4人が歩みを進める。安全を確保できるまで後ろの連中進まないだろう。

そしてボクら4人とバークレイ達が全員大部屋に入った瞬間―――


「しまった!!」


アイロの発言に「それってダジャレ?」と聞いている余裕もない。

何を感知して罠が作動したのかも把握できなかった。

確かなことは音を立てて勢いよく扉が閉まったということだけ。

そして扉は施錠されたかのように開かなくなってしまった。


「クソっ開かねぇ!」


バークレイが扉を殴ったり、体当たりをするが開く様子はない。

部屋に閉じ込められたら、次は部屋の中の人を殺す為の装置が発動するのがお決まりだ。

扉に背を向け何が起きても対処できるように身構える。


「お前ら!守備陣型!」

「了解!」


ディーゴの掛け声でメンバーを囲うように広がり、剣を抜く。

大丈夫。何が来てもこの4人なら対応できる。


そう強く思い込もうとしたとき、ソレは始まった。

あまりの唐突さに神に祈る時間さえなかった。






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神様曰く @janagi

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