神様曰く
@janagi
第1話 神話に曰く
昔々のその昔、人間と魔族の戦争があったんだってさ。
神様の寵愛を受けし大英雄5人が愛と絆と神様の祝福で、魔族の王と魔族に祝福を与えていた魔神を打倒したんだってさ。
人々が勝利に酔いしれ歓喜の声をあげる中、はた迷惑にも神様はこう仰ったんだってさ。
『愛と絆を知らない哀しき魔族は人間が教え導くこと』
なんとも余計なお世話なご神託によって、魔族は鎖に繋がれて人間さんにご奉仕しているんだってさ。
道端で母親と思われる女性が娘に神話を語っているのを聞いて辟易とする。
何故大昔の魔族の王とやらの責任をボクらが取っているんだろうと思わない日はない。
そんな母娘を苦々しくを見ていると...
「エーレイ!」
不必要な大声でボクを呼ぶ声がした。
この名前だって親からもらったものじゃない。人間が管理しやすいようにつけたものだ。
「エーレイ!聞こえてんなら返事ぐらいしろよ!」
彼はボクを”所有”しているギルドの幹部の...名前は何だったかな。
「このバークレイ様の呼びかけを無視するとはいい度胸じゃねぇか」
そうだ、この不必要に声の大きい人間の男はバークレイだ。人間の名前を覚えるのは苦手だけど、彼は毎度名乗ってくれるから助かる。
「エーレイ!次の仕事が決まったぞ!すぐに立つから準備しろ!」
「わかりました...バークレイ様」
永遠に決まらないで欲しかった次の仕事が決まってしまったらしい。
―――――――――――――――――――――――
世界には大いなる太古の遺物が眠る遺跡が点在しているが、その多くは有毒な魔素に覆われていて、特に魔素の濃い深部には人間は長居できない。
そこで魔素に耐性のあるボクらの出番というわけらしく、罠よけ兼深部探索係として魔族の奴隷を所有するのが一般的なんだとか。ウンザリする話だ。
「エーレイ!今回のは探索は我らが”赤き剣”始まって依頼の大仕事だ!期待してるぜ?」
「それはおめでとうございます。ご期待に答えられるように頑張ります。」
良くて中堅のこのギルド始まって以来の大仕事がどの程度のものかわからないが、ともあれバークレイが上機嫌なのは良いことだ。
最も彼らが期待しているのは、ボクらが持ち帰る遺物とその名誉の方だろうけども。
遺跡から発見される太古の謎アイテム”遺物”それは時に不思議な力を宿している。
強力な遺物を所持しているギルドはそれだけで箔が付くもの...らしい。聞きかじりだけど。
準備をするボクをボケっと見ながらバークレイは言った。
「今回は大規模で高難度の攻略になるからな!シーニのデビュー戦にもなるしな!楽しみだろ?」
「え...?シーニも連れて行くのですか?」
「当たり前だろう?奴隷はどんだけ居ても困らんしな!」
シーニはボクより多分年下の魔族の女の子だ。
多分というのは、ボクが確かな自分の年齢を知らないからだ。ボクより後にギルドに加入して、体が一回り小さいから勝手にそう思っている。
「お待ちください、バークレイ様!」
「ん?なんだよ」
「経験のないシーニには今回のような大規模な攻略にはまだ...!」
シーニは一年ほど前にギルドに加入した後輩だ。今まで新人に丁度いい遺跡がなかったから、まだ遺跡挑戦はしたことがなかったはずだ。
経験は段階的に積ませてあげたいし、なにより危険度の高い遺跡に経験の浅い者が混ざると碌なことがない。
「そう言われてもなぁ。奴隷のスペアはいくらあってもいいし、何より本人の希望だしな!」
消耗品の様な物言いは今更気にしないが、本人の希望...?
「大切な妹分を守りたいなら精々頑張るこった!」
バークレイはボクを見るのに飽きたのかガハガハ笑いながら小屋から出ていった。
ボクに出来るのは綿密に準備をすることしかないらしい。シーニに話を聞くのはその後だ。
―――――――――――――――――――――――
馬車4台の大所帯が出発してから5日が経ち、港町でキャラベルに乗り換え、はや2日が経った。
タイミングが悪く、シーニとはまだ話せていない。
もう船は出てしまったし、今更志願した理由など聞いても仕方が無いかと思い始めていた。
命じられた雑用をこなす方が優先かもしれない。
そんなことを考えていた時――――
「エーレイさん」
突然シーニが話しかけてきた。
魔族としては珍しい長く美しい金髪を後ろで結んでいる所を見ると彼女も雑用中のようだ。
魔族は角とか翼といった特徴が出る。そしてその特徴が大きく立派なほど古代種の魔族に近く強大なんだとか。
僕にも親指サイズの角が生えているが、髪で隠れて分からないくらいだ。いわゆる雑種と言うやつだろう。
見たところシーニも特徴らしいものが見当たらないし、彼女も雑種なのだろう。仲間が多くて何よりだ。
「シーニか。どうかしたの?」
「もうすぐ遺跡に着くでしょう?そうしたらゆっくり話す時間も無さそうですし、ちょっとお話しませんか?」
お話したかったのはこちらも同じだ。
雑用なんかより、シーニと話してた方が死地に挑む緊張もほぐれるかもしれない。
―――――――――――――――――――――――
「エーレイさんはもう何度も遺跡から遺物を取ってこられたんですよね?凄いです!」
かしこまってお話なんていうから何かと思えば本当に雑談だったようだ。
「運が良かっただけだよ。」
遺跡に潜るようになって、一番必要になる資質は運だと思う。
ボクが遺跡から帰ってこられる要因は色々あると思うけど、最後はやっぱり運次第だ。
だからボクは困った時にはとりあえず神様とかに祈っておく事にしている。逆効果じゃないといいけど。
「それでも十分凄いですよ!」
「アリガト」
褒められ慣れていないせいか、なんだか照れ臭くてそれだけ答えた。
「エーレイは今回の遺跡にはどんな遺物があると思いますか?」
「わかんないけど、ボクらには関係無いよ。」
遺跡の中の遺物がどんなものか。
人間魔族を問わずポピュラーな話題だ。危険を犯して取りに行くのだから誰でも素晴らしい価値のあるものを望む。
だが、ボクの手に入る訳でも無いし、大した興味もない。
「出発前にギルドで偶然聞いてしまったのですが、今回の遺跡は、太古の魔族の王が魔神様の神託を受けた場所...かも知れないそうですよ?」
「かもしれないかぁ...あんまり信用できないなぁ」
この手の話には尾ひれが付くものだ。頭から信用できるものじゃない。
「ですが、魔神様の遺物が見つかれば、私達の力になってくださるかもしれませんよ?」
「あはは、それはボク達の物になった時の話じゃない?遺物があってもすぐにギルドに引き渡すし...」
そこまで言ってから気がついた。
「もしかして遺物を盗む為に志願したの!?」
「声が大きいですよ?」
人差し指を口元に置きながら彼女は話し続けた。
「私の出自を話したこと、無かったですよね?」
「そうだね、皆昔話は好きじゃないから...」
奴隷となってしまえば以前の事など関係無い。
出自を話す行為自体が、過去に縋る情けないこととして敬遠されていた。
まぁギルドで生まれたボクには語るような出自をなんて無いんだけどさ。
「私ね、あの島の出身なんですよ」
「あの島って...今から行く遺跡がある島?」
「はい。あの島の名前はシアラと言います。因みに遺跡は魔神の祭壇と呼ばれているんですよ?」
島の名前も遺跡の名前も聞かされていない。どちらもボクらには不要な情報だからだ。
しかし随分と直球な名前の遺跡だ。
「私達の一族はシアラで祭壇を守ることを使命として暮らして居ました。したし、人間が島に漂着したことで全てが変わってしまいました...」
シーニはポツポツと語り始めた。
「一族は漂流して死にかけていた人間を介抱することにしました。辺鄙な島ですから人間との関わりが薄く、警戒心が足りていなかったと今では思います。」
人間に服従していない魔族も世界にはまだそれなりにいると聞くが、奴隷にするための魔族狩りの対象になる。
普通の魔族だったらそんな人間を助けはしなかっただろう。
「今となっては笑ってしまいますが、助けた方の回復を待つ間、久々の客人に一族総出でおもてなしをしました。」
「そして遂に完治し船出となった日、最後だからと島を見て回りたいと言われました。」
「断るべきだよね。人間は遺跡があると知れば大挙して押し寄せてくるよ。」
つい口を挟んでしまった。
この先の顛末を知っているからこそ言わずにいられなかった。
「あはは...おっしゃるとおりです。ですが私達一族は遺跡の価値も、遺跡や遺物への人間の執着も何もわかっていませんでした。」
シーニは自虐的に笑いながら続ける。
「祭壇だけは見つからないように案内をしていましたが、祭壇もかなりの大きさですから、隠せる物でもなかったですね。」
「ですが、遺跡のことは秘密にしてくださると約束して、その方は帰って行かれました。」
その後のことは聞かなくてもわかる。
口約束など利益を前になんの価値もないものだ。
「それで...その後魔族狩りに?」
「はい。大きな船が島に向かってきたときは何事かと思いましたよ!」
シーニは明るく語ったが笑い話ではない。恩を仇で返されたのだ。
「魔族狩りに抵抗した一族の大人は殺され、私は奴隷として連れてこられてしまいました。」
聞くに堪えないが、同時によくある話でもある。
魔族狩りにあい、奴隷となった魔族の話は、大概このような内容だ。
「ですから私、今回の話は運命だと思うんです。」
「運命...?」
シーニの瞳には怪しい光が宿っている。
「一族を殺された復讐をします。」
殊更声を小さくしていたがはっきりと言った。
経緯を聞けば当然の話だが、改めて言われると面食らってしまう。
「な、なんでそんな話を聞かせてくれたの?」
震える声でそれだけは聞くことができた。
「私一人では到底復讐など出来ません。協力者が絶対に必要です。」
「それが...なんでボクなの?」
「私がここに来てからずっと良くしてくださいましたし!」
案外単純なことで反乱の片棒をかつがせようとしてくるもんだ。
「そんなことで...ボクが密告するとか考えないの?」
「あはは!そんなこと考えませんよ!」
「私にはあなたしかいません。あなたが密告をするならそこまでの運命だったのでしょう。」
笑ってはいるが目は本気だ。
「僕だけ?それってどういう...」
どういうことか聞こうとしたが、大声が遮った。
「島が見えたぞ!上陸の準備を始めろ!」
バークレイの声だ。
これから慌ただしくなる。とても反乱の事など話せないだろう。
「それでは...考えておいてくださいね?」
シーニは蠱惑的に笑い、止める間もなく去っていく。
一人残されてしまったボクはこれからどうすべきか考えなくちゃならない。
だけど、まずは信じてもいない神に祈ることにした。
「神でも魔神でも何でも良いですから。ボクとシーニにどうか祝福を。」
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