第3章 新たな一歩

第8話 美しい人

 とうとう訪れてしまった桃子さん卒業ライブ最終日。


 ライブ中、彼女の姿を見る度に泣きそうになったけれど、なんとかこらえた。


 今まで、何人も脱退・卒業していく先輩を見送ってきたよ。


 いつも悲しかったし、寂しかった。


 今回は……桃子さんはそれ以上。


 特別だから。


 愛しい人がグループを去ってしまう。


 他の人とは比べられないぐらい、辛い。


 本当は卒業してほしくない。


 それでも彼女の決断を応援する。


 新しい人生を歩んでいく貴女を見送るんだ。


 何事もなくアンコールを迎え、私たちはメインステージで歌い、桃子さんはゴンドラに乗って会場を一周している。


 彼女は手を振りながら泣いていた。


 涙をこらえた私とは対照的に、桃子さんは最初からずっと目が潤んでいた。


 強いリーダーであることをいられてきた彼女が、漸く鎧を脱げたんだ。


 彼女を遠くから見ていたら、ふと気がついた。


 メンバーもファンも、桃子さんに「強くいてくれ」。


 そう強いていたんだと。


 だから、今日はとことん泣いていいんだ。


 涙もドレスの装飾のように輝いて見えて綺麗だ。


 今日のために、特別に用意された紫色のドレス。


 他の卒業していった先輩方は、裾の長いドレスを着ていたけれど、踊りが得意な桃子さんに合わせて膝丈のドレスだ。


 それを身にまとって舞う桃子さん。


 うっかり見蕩みとれてしまいそうになるほど美しかった。


 今まで見てきた中で一番。


 永遠にこの空間にいたかった。


 でも、もう終わりだ。


 歓声に包まれながらメインステージに戻って来た桃子さんを、笑顔で出迎える。


 彼女がセンターに、私はその横に立った。


 メンバー全員が横一列になり、私以外が手を繋いだのを確認して。


 今までは桃子さんが言っていた言葉を、今日は、今日からは私が言っていくんだ。


「今日はありがとうございました!」


 泣きながら笑っている桃子さんの手を握り、

「またお会いしましょう。バイバイ!」

 隣にいたメンバーとも手を握り、一斉に頭を下げた。


 地響きのように大きな拍手が会場全体に響く。


 その中で、桃子さん以外のメンバーがステージ裏へとはけた。


 アンコールの準備をしながら彼女の最後の挨拶を見守るために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る