三六五ノ葉 悩みはもくもくと


「一応、話すだけはタダだけど?」


「いや、いい。きっと紅の前に葉が断る。あは、それもこれも、俺が情けない半人前なせいで、な。国主になってもきっと俺は葉からしたら心配の種をどっさり抱えた小僧」


「若旦那、卑下のしすぎはよくないって。この冬でだいぶ立派になったじゃんね?」


「それでも、葉の安心には遠く届かない。どんなに頑張っても、力の限り、一生懸命頑張っても葉は優しくて厳しいから。優しくて、一生安心してくれないの。……だから」


 だから、闇樹は一生忍のまま。聖縁を心配する役割を自らに課したまま生きる。そしていつかはお役目を終えていようと、残したままであろうとも風に還ってしまうのだ。


 堪らなく悲しい。苦しくて、息も続かないとすら思えるほどに痛い。冷たい現実に心臓が悲鳴をあげるのに。闇樹はこれっぽっちも気に留めない。瑣末。これとして扱う。


 聖縁が心をすり潰していても、押し潰されそうになっていると知っても譲らないのは目に見えている。それくらい自分の仕事、お役目、いただく使命に誇りを持っている。


 忍である自分自身を誇っている。なのに、主たっての願いは辞めてほしい、だと知ったらどうするか? 辞める? それとも盲の枷を恨み、自害しようとするか。離れようとしてしまうか。相応しくない、と言われたと思い詰め、苦しんでしまうかもしれない。


 言いだせない理由。一番の理由。闇樹が自らの責を考えてしまい、聖縁に相応しくない出来損ないだ、と思い、それでも他の主に仕える道は彼女にないから……どうする?


 闇樹の未知な部分が聖縁を苦しめる。闇樹のまじめな様が聖縁を悩ませる。どうしたらいいのかわからなくなって、そして迷路に嵌まるのだ。無限の悩みという、迷路に。


 楓はなにも言わず、聖縁も口を利かない。


 そうこうして無意味に無駄に時間を潰してすごすうちに夕餉の時間になったのか案内の女中がやってきた。闇樹はまだ厨である種の戦真っ只中なのか、帰ってこないまま。


 今はそれでいい。今悩みを溜め込み、懊悩している聖縁を知られたら心配する。楓が気にかけてくれるくらいなので、相当参った顔をしているのだろうなー。でなければ楓が心配してくれる筈がない。いつも飄々として掴みどころのない男だが裏顔は冷酷な忍。


 表の顔に惑わされる輩を裏でこっそり嗤って楽しむような頭腐っ……いえ、非常に香ばしい性格の持ち主ですから。滅多なこともなければ家族以外の者、家族の主人であろうと他人のことなどどうでもいい、少なくとも気にかけたりはしない。そういうひとだ。


 紅のことを心配したりはしないが、妹の闇樹に関しては時折アホの片鱗を見せるくらい溺愛している。いいのか、それ。と思ってしまうくらい。妹らぶ。闇樹らぶである。


 いつも痛い目に遭っているわりに妹愛は衰退せず。脅威のシスコンらぶらぶはいぱーぱわーである。楓当人には言えないが、いや、言っても肯定が返ってくるだけだ。しかし、妹のろけで盛りあがる仲ではない。それに夕餉だ。遅れたら謙信以上に闇樹が怖い。


 遅刻の罰になにを繰りだすか、今からおっそろしいですね。なので、ふたり会話を切りあげて女中さんについて広間へ向かった。すると、そこにはご馳走、というには質素ながらも様々なおかずがところ狭しと並べられていた。ヒジリの食べ放題の時以上とか。


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