三六六ノ葉 質素で豪勢に


「これは、圧巻ですね」


「あー、はい。ヒジリの食べ放題の御膳以上に頑張ったのではないか、と思います」


「食べ放題?」


「はい。月に数回そういう食事会? みたいなのがあるんです。兵へ日頃の労いをこめておかずも飯も山盛り用意されて好き嫌いなく全部のおかずを食べればあとは好きなもの好きなだけ食べられるっていう。えーっと、一種の宴ですね。簡単に言ってしまえば」


「それは、残らないのですか?」


「残ったおかずは翌日、惣菜市で売買するようにするので体が不自由なひとたちへの食事補助になります。一石二鳥というか、うーん……これもまあ、政のひとつですかね」


「ほお? 興味深いですね。しかし、そう」


「?」


「ヒジリは常に弱き立場の者をいかに救い、助力するかを考えられるよい国ですね」


 え、それって普通のことじゃ? と思った聖縁だが曖昧に笑っておいた。弱い者の立場で物事を考えられねば凡愚な為政者にしかなれない、と闇樹が言っていた。本当に守るべき者、民草を一に考えられねば、いずれ手痛いしっぺ返しに遭う、とも言っていた。


 いわゆるところの一揆。不満の爆発だ。


 一揆ほど恐ろしいものはない。守るべき者たちに牙を剝かれる、などというのは。


 ただまあ、だからといって媚びを売るつもりはない。けっして媚びへつらわず、威風堂々と在れ。その上で、為政者としての威厳を持った相応しい政策をするべき。闇樹の教え。そして、ずいぶん前に読んだ本がそう言っていた。過去の偉人たちが残した言葉。


 過去の偉人と同じことを言える闇樹に恐れ入った一幕でもある。それくらい世の中を見えないからこそよく見て、感じている。一揆を起こされる土地の藩主や富豪に豪族、朝廷にはなにがしかの理由がある。腐った果実の如き臭い理由が。全部でなくてもある。


 ダメ国主になりたくなければ先人たちの教えに耳を傾けよ。なんでもかんでも好き放題にできるのが国主ではない。公平に、中立的立場で物事を見、声を聞き、威厳を以て令を発するべし。それができるようになれば歳幼くとも人々の畏怖と尊敬をいただける。


 と、まあそんなことを言っていた。だからみな今のヒジリに満足し、将来を担う聖縁に期待を寄せている。いったいどんな声を発するのか。命令を発し、国を豊かにするのか、とかなんとか……とりあえず言える。期待が重い。ぷちゅん、と潰れそうなくらい。


 熟れた果実の如く脳味噌がぱーんっとなって勢いよく弾けてしまいそうなのです。


 うむ、我がことながら意味不明。なーんて聖縁が悠長こいて考えていると本日の目玉と思しきものがでてきた。質素ながらも贅を尽くしてくれた模様。豆腐やなんやを練ってつくった団子のようなものが香ばしいタレを纏い、大皿に溢れんばかり盛られてきた。


「充分豪華じゃん、葉」


「ん。素材いいものたくさん。特に米、極上。白米いっぱい食べられる献立、した」


 美味しいお米をたくさん食べられるように献立を考えたということなので濃いめの味つけ、すなわち、ヒジリの食事が少し多めにつくられている、ということらしい、が。


 たしかにこの芳しい香りは少し強めで味を足せば肴にもなりそうなふうに思える。


「謙信公、八珍もご用意」


「これはこれは見たことのないものばかり」


「この辺りで特に見ない珍味、厳選」


「……。わざわざお気遣いいただきまして」


「否。お勉強代にも満たず。気になさらず」


 闇樹の慎み深~い言葉に謙信はくすっ、とおかしそうに笑う。本当に嫌みのない慎み深さだ。もういっそのこと清々しいほどに徹底して謙信を国主の手本が如く扱う闇樹。


 いつものことではあるけれど、聖縁もついくすくす笑ってしまう。だって、目上のひとへの遠慮と配慮がゆき届きすぎているから。兄楓も優しい顔で妹の接待を見ている。


 そうこうしていると聖縁の前にも八珍の小鉢や小皿の並べられた膳が置かれ、そばには聖縁愛用のお猪口が猪口だけにちょこん、なんて置かれている。中はまだ空っぽだ。


「では、いただきましょう。冷めぬうちに」


「はい。じゃあ、いただきます」


「いただきまーすよ、っと」


「どうぞ」


 どうぞ、と言いつつ、闇樹は謙信に早速お酌する。トポポ……と、綺麗な音と共に盃が満たされ、続いて聖縁に蜂蜜酒、少し酒精の強い、若い酒ががれた。そしてもって楓を完全シカトして料理の配膳をはじめなさった闇樹は兄の存在を幻が如く扱っている。


 なぜだ? と思った聖縁だが、楓は特に気にせずなのか手酌で酒を注ぎ、八珍を摘まみつつ、酒を味わっている。上座の席では謙信も酒に舌鼓を打ちつつ、合間で肴を摘まんでいる。幸福そうな美貌。うっすらと微笑んでいることから気に入ってもらえた模様。


 観察していると謙信は闇樹の用意した皿に彩りよく盛られた料理を食べはじめた。


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