三六一ノ葉 凡庸であり非凡


 聖縁が勝手にそう思っていると、謙信は淋しそうな目で続けてくれた。聖縁のことを心から羨ましがる色が声には滲んでいた。心の底からの本音、ということなのだろう。


「ありのままを見てくれるひとばかりではありません。信玄などは別にしても他の者はわたくしそのひとを見ようともせず、風の噂に流されるままに媚びへつらってばかり」


「謙信公」


「たしかに無作法な者は見ていて不快なので咎めもしましょう。ですが、わたくしの名を聞いただけで引かれるのにいい加減うんざりもしてきます。そうは思いませんか?」


「なんとなく、で言うのは失礼かと思います。ですが、おそらく戦神の生まれ変わりとすら他者に言わしめる謙信公と対等に在れるのは武神たる信玄公や島津殿くらいかと」


「……それはつまり、ある意味のないものねだりであり、贅沢な高望みであると?」


「はい。失礼ながらそういう認識をお持ちになられるべきかと。神と名がつく者にひとが畏れを抱くのは普通のこと。普通でない普通の謙信公をお認めになられるべきかと」


「……なるほど。そうですね。そうなのでしょうね。やはりよく勉強されておられるのですね。その聡明な様に感服いたします、聖縁殿。これはヒジリの未来さきが楽しみです」


「いいえ。まだまだ未熟な身の上。先ほどの言葉は葉が私に教えてくれたことの受け売りにすぎません。普通なのに他人の目には非凡にうつること多々と。同じことですよ」


 聖縁の言葉を静かに聞き、謙信はうっすらと微笑んだ。それこそ神に救われた者であるかのように。微笑みは淋しそうでも聖縁の言葉で納得し、消化できた。と、そんな色味がある。軍神でいるのもいろいろと気苦労があるんだな~、なんて、聖縁は思ったが。


 聖縁は神と名のつく者へあまり畏れを抱かない。普通でない普通さを持っている。


 闇樹という神の御子がいつもそばにいる。なので、風の神に愛されし、彼女に守られているだけにそこまで神、というものに恐怖心や、畏れ多いとか、そういうのはない。


 この世で一番残忍残酷、無情で恐怖の対象たるのは人間だ。予想もつかないほど恐ろしい真似をする輩もいればひとをひととして見ないような者もいる。けだもののように殺す。


 戦というひとつの世界は縮図の中で最も恐れるべきはなにを置いても人間。人間ほど恐ろしいものはない。そう、闇樹に何度も言われてきたし、実際ここへ来るまでのところで何度も思った。どんな災厄や自然の災害よりもなによりも人間というが怖い。


 その人間は神を恐れてもひとを恐れずいることもある。ただただ、阿呆のように「神は怖い」と口にするのだ。本当に怖いのが我が身の内で息をしているというのに、だ。


「しんみりさせてしまいましたね。そろそろ客間へご案内させましょう。荷ほどきして本当の意味で一息お入れくださいな。夕餉になりましたらまたひとを寄越しますので」


「あ、はい。お気遣い、痛み入ります」


 応えてにへ、と笑った聖縁は丁寧な言葉と裏腹に最初より砕けて謙信を見つめた。


 丁寧でもけっして媚びない、素の聖縁に謙信もひどく嬉しそうに笑ったのだった。


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