三五九ノ葉 アホの下世話な話題


 ――いや、あの、天然? 信玄公が風林火山ならこっちは天然爆弾? 実はアホ?


 最後の二文字は心の奥底でこっそり呟いた。バレたら本当に首ちょんぱ確定だよ。


「私は葉にそんなもの求めません!」


「おや? やんごとない家の御子息はだいたい忍に閨のことを習う、と聞きますが」


「他の家がどうか存じません。我が家はそこまでの家柄ではないので該当しません」


「ですが、女の扱いを知らぬのはある意味将来に致命的となりうるのでは? まあ、とはいえわたくしは毘沙門天を崇拝する清き身。閨のことは生憎とわかりかねますがね」


 ――だったら言うな! いやいやいや、言わんとすることはわかりますけどね!?


 果たして、そう思うのは自分だけだろうか? シモなお話など闇樹が許す筈がないので今まであまり縁がなかった。そりゃあ、ヒジリの武将頭たる秋秀の下ネタ話は多々聞く機会があったが聞き流していた。だって、たいがいそれは影和に向けられていたから。


 影和は真っ赤になって「下品だ」、「品性の欠片もない」とか言って秋秀を貶しまくっていたのを横に読書に打ち込んでいたというのに、ここにきて、それもまさかの軍神様にそっち系の話題を振られるとは予想外。予想外すぎてどうしたらいいのかわからん。


 ただ、聖縁、自分の顔が赤いのは、過去に類を見ぬほど真っ赤っかなのはわかる。わかりますとも。いえあの、謙信公の言うこともわかるけどね? だって将来に奥を娶るとなれば当然後継ぎを望まれ、そういうことを求められる。わかるけどなぜ練習に闇樹?


 いやなわけではないが、でも多分闇樹は下ネタを躱せてもそういうことは詳しくないと思っている。そう、思っている。思い込みかもしれないが、あの無垢なコが実は手練れ、そっちも手練れだなどと思いたくない。だって、闇樹がそんな、床上手なんて――!


「こりゃあ室はまだまだ先かねぇ~?」


「うっさいな! まだこどもなんだよ。それに葉がそういう知識まで積極的に学ばせると思うのか!? どうなんだ、アホの兄貴殿!? いやだーっ葉が、そんな、バカな」


「あー、だいぶ妄想が膨れて破裂しそうな感じだね。若旦那ったら~、むっつり♪」


「おちょくんな、ほっとけ、バ楓め!」


「やーだよ、おもろいもん♪」


 言い切りおった。こいつ、妹の主君のすったもんだをよりによっておもろいで片づけて放っておかないと言いやがった。クソ、むかつく。だが、言い返せない。どー考えても楓の方はそういう話題に強そうだし。見た目と言動のままそっちのアレ話に強そうだ。


 つか、絶対強いに決まっている。なんていったってあの紅がいろいろ知識を叩き込んだだろうことは想像に易い。ただ、例外的に闇樹が純真無垢なだけで。いや、たまにものすごく暗黒仕様なこと言ったりやったりはするんだけどね? でも、そっちは弱そう。


 知識として最低限は知っていても実際にやっているか、できるのかは不明すぎる。聖縁の希望的には、いやだが。そんな知識や技量持ってほしくない。だけど忍は忍だし。


「聖縁様」


「あっひょうっ!?」


 聖縁が悶々と考えに沈んでいると背後、斜め後ろから現在脳内で話題沸騰中な忍の声が聞こえてきて、ってか声をかけられて聖縁は思わず飛びあがって驚いた。これに忍、闇樹は大変不憫な者を見つけたかのような、「可哀想」おーらをふわりとだしなさった。


 これは地味に傷つく。いえ、あの、奇声をあげてしまったのはそうだけど、そこまで憐れまないでもいくね? と、思うのは自分だけ? 例外は自分? とか考えていると闇樹が多少まだ憐れみながらだったけど報告をしてくれた。夕餉の献立についての報告。


「戦前以外、食事質素。故、あわせた」


「え? ……ああ、戦の前は精をつける?」


「是。故、肉、魚類あまりない。承知願う」


「うん。それは全然いいよ。でも、そうすると、へぇー、どんな食事になるんだろ」


「期待して、いい」


「もちろん。期待してい」


「それはそうとさ、葉ちゃん」


 遮られた。もちろん期待している。闇樹がつくるご飯が不味い筈なんて絶対ないのだから。なのに、それを伝えるのを遮り腐ったアホ一匹にまにまと意地悪く笑っている。


 ただ、そこはさすが、元祖毒舌の闇樹様。


「にい、顔、気持ち悪い。頭壊れた?」


「おっふ、これは地味にクるぞ?」


 地味、ってかかなり直球でクるのではないか? いきなり、帰ってきて声をかけて早々に顔が気持ち悪いのでどこかで脳味噌壊れたのか? と心配なのか知れないことをべしっとずばっと言われてしまうのは。楓さん、自分が美形である自覚があるので余計に。


 ご自身の自慢の顔を悪意皆無で貶されるのは相当痛手になる筈。だが、楓もさすがに精神を鍛え、心身共に頑強なだけあって立ち直りは聖縁が予想したよりうんと早くて。


 にーまにまにま笑いつつ闇樹に近づき、人差し指で妹の頬をぷにぷに、つっつく。


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