三五五ノ葉 いろいろ相変わらず


「? 聖縁殿、どうかなさいましたか? そのような苦悶の表情などなさって――」


「いえあの、お構いなく。いつものことで悪いことしたら天罰が、即罰がくだって」


「……。……はい?」


 不思議そうな謙信が聖縁の苦痛に歪んでいる顔を訝しみ、部屋の隅で笑いを堪えて悶えている男に気づき、闇樹がしている主人の背中抓りに気づいて乾いた苦笑をひとつ。


 噂に聞いてはいたが、主に対してここまで遠慮がない忍がいるとは珍しい。いや、珍しい以上におかしい。いろいろと。普通は、主にこんなことしようものなら首が飛ぶ。


 物理的に、首が飛ぶ。それがないのは、やはり聖縁、このこどもらしさがまだ残る少年と少女たちが強い絆で結ばれているからだろう。なければこんな関係は成立しない。


「ぶっははっははは、もうダメ殺される!」


「コラァ! 笑うな楓! 葉に頼んで本当に殺してもらうぞ!? いいか!? ほ」


「あはははっ! 葉ちゃんに頼まないと殺せないって悟っているぅ! おっかしー」


 成立する筈がない関係を築いているふたりを微笑ましく見ているととうとう男――楓が笑いのツボの限界に達し、盛大に噴きだして笑い転げて、聖縁が抗議の声をあげる。


 なのだが、楓はお構いなしで笑いまくる。そしてさらに聖縁が闇樹に頼む云々で余計に笑いのツボを刺激されてしまった様子。喘息発作のように息切れして爆笑している。


「なかなか愉快な旅を楽しまれたようですね、聖縁殿。これほど笑いがあればさぞや楽しかったことでしょう。わたくしにはできぬこと故、少々羨ましい、とすら思えます」


「いいえ、謙信公! こんな目に遭わされてその上、こんなバカ笑いされるなんて」


「なに、若いうちだけです。あなたも然るべき立場に就いた時、おわかりになる筈」


 えー。若いうちにいろいろ経験を積めるってのは聞こえがいいが、背を思いっきり抓られてその上、アホに笑われるなんて経験したいひといないぞ。やっぱこのひと変人?


 とか、思っちゃった瞬間、「しまった!」と悟ったが遅かった。闇樹が背を抓るに飽き足らず棍棒で思いっきし殴ってきなさった。これは痛い。でも流血とかにならない絶妙の力加減をしやがっている闇樹マジで恐るべし。……ああ、しっかし痛いな、ホント。


 なのに、棍棒まで登場したのに、謙信は相変わらず微笑んでいるし、微笑ましそうにしている。ばかりか、見物しながら茶をすすって菓子を摘まんでいる。くぅう、他人事だと思ってみんなして流し腐って……。いつかお前らにも誰かが天罰くだすんだからな!


 や、楓にはしょっちゅう天罰がくだっているが。闇樹天罰が。だって阿呆だから、阿呆するから。これは仕方がない! うんうん。自業自得がたどる道のひとつですなー。


 ……すごいや。たかが天罰如きで四字熟語が完成して仕上がった。すごいよ、楓。心の中で拍手を贈ってあげよう。だって急に拍手なんてはじめたらまた闇樹が「壊れた?」とか訊いてくるんだろうし、謙信にも怪訝な目を向けられて憐れまれること請け合い。


 変態はひとりで充分です。


 楓それすなわちで変態としている。これに関しては失礼に値しないのか、闇樹から追加罰はなく、むすっとしていたが、こっそり毒見した茶を聖縁にすすめつつ、自分の菓子まで聖縁の前に寄せてきたので、それは闇樹に返しておいた。相変わらずなコである。


 七年前の紅によると自分の好きなものを好きなひとに、が闇樹の基本思想。ついでに楓は好きなひとに含まれていない。と、いうのも思いだしてこっそり笑いがでてくる。


 しかし、謙信になにか失礼を考えていると誤解されてはアレなので、あくまでもこっそりだ。闇樹にはバレバレだろうが、それでもいい。愉快なこと、おかしなことがあった時は笑うものだ。嬉しい時に喜ぶのと同じよう。悲しい時に、泣いても、いいように。


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