三五四ノ葉 宿敵ってか悪友?


「緑茶でよろしいでしょうか?」


「あ、はい。ありがとうございま」


「いいえ。お気になさらず。なんでしたらわたくし自ら腕を振るい、淹れますか?」


「……。いえ、あの、女中さんの手腕で大丈夫です、謙信公。どうしてそんなにこ」


「こ?」


「イエ、なんデも、あリマせン」


「どうかなさいましたか、聖縁殿?」


「いえいえ、こちらの方はお気になさらず」


「?」


 ――どうしてそんな怖いことばかり言いやがりますか? なに? 俺の自爆待ち?


 寸でのところで言葉を止めた聖縁だったが、心の中は逆の意味で、楽しくない楽園化している。謙信の意図をはかりかねて首を捻る。でも訊くに訊けないこのもどかしさ。


「そーいや、謙信公、最近川中島は?」


 誰かなんか言ってー。間が持たないよ~。なーんて聖縁が話題に困っていると楓が実に軽くおっそろしいことを訊きやがった。川中島はいかがな調子? みたいなことを。


 川中島といえば、カイの武田信玄との決戦の場。そこで幾度となく彼と熾烈な戦を繰り広げてきた、と闇樹情報で知っているので楓のお気楽質問にびびりまっくすになる。


 ――これは、導火線に触れるのでは?


 そしてそして、その責めはなぜか聖縁の方にまで押し寄せるという不思議な怪現象が起きる。おかしなことにおかしなことに。はい、大切大事なので繰り返して言います。


「信玄のことですか? そういえば長らく文も交わしていませんね。今度お誘いしましょう。久しく戦の影もなく退屈なので次こそ毘沙門天の御加護はわたくしにあり、と」


 しかし、意外や謙信はふふと笑って軽く答えてくれた。怒りの要素は微塵もない。


 そればかりか、文も交換していないし、戦もしていないので退屈だな、的なことを軽~くお言いになられたので聖縁は遠い目になる。戦が恋しいなんて、このひと、変態?


 だが、考えたと同時、いや。一瞬早く闇樹がこっそり聖縁の背を抓ってお仕置き。


 なんて失礼なことを考えますか、めっ! みたいな? うん。ごめんなさい。だから抓り続けるのやめてくれません? さすがに顔を、表情を取り繕うのが限界ですから。


 聖縁がこそっと斜め後ろに控えている忍に目で謝ると、彼女はむっとしていたが、抓り地獄をやめてくれた。ああ、だがしかし、本当に怒り顔すら可愛いとか罪づくりな。


「聖縁殿はいかがです?」


「? えっと――?」


「宿敵など、好敵手などいませぬか? いればとても楽しいです。人生が潤います」


「……。うーん、謙信公と違う意味でなら」


「と、言うと?」


「はい。オウシュウの若をご存じですか?」


 聖縁の返してきた言葉に謙信ははて? という顔になる。オウシュウの若君がどうかしたのだろうか? という表情。ヒジリとオウシュウになにか特別関係がない、と思っているのだろうし、その反応は正解。ただまあ、聖縁にしてみればちょっと遅れている。


 忍を飼っているのならばなおのこと。情報戦もものを言う戦国で致命的な遅れだ。……言わないけどな。まだ命が惜しいので。そこまで深く指摘する気はなっしんぐです。


「政宗がまだ梵天丸だった時に一度泊まりに来たことがあってそれ以降交流が少し」


「ほお? よき友、といったところですかね? わたくしや信玄と違う情があると」


「なんだか誤解を招きそうな言いまわしが気になりますが、そういうのです。悪友」


 悪友、と政宗のことを表現した聖縁は近いようで遠いオウシュウで今頃政宗がくしゃみに襲われていると思うと愉快になる。くしゃみしまくれ、闇樹を狙う不届き野郎めが! 天罰じゃ! とか思っていると、本当の天罰んじゃーが再び背中ギュっ、してきた。


 痛い。冗談とか諸々抜いてすごく痛い。すみませんもう言いません。ってか言ってないのにどうして自分は罰せられねばならん? そう、聖縁が思っていると小さく噴く声。見ると楓がおかしそうに声を殺してげらげら笑いを堪えるに堪えられずで悶えている。


 クソむかつくが今ここでなにか言ったら背中の肉を千切られかねない。それくらいとっても痛いのでいい加減罰をやめていただきたい。千切り絵ならぬ千切り肉ができる。


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