三五三ノ葉 ギリ回避成功、か?


「それもそうですね。ご立派になられた暁にはぜひ、としておきましょう、聖縁殿」


「多謝、謙信公」


「いえ。我ながら少々大人げなかったです。自省の機会をいただけましてこちらこそ感謝を申しあげます。たしか、楓殿の話では葉殿、でしたか? ありがとうございます」


「恐縮の極み」


「ふふ、聖縁殿以上に堅いようですね。うちの忍があなたのことをしきりに噂していますよ、葉殿? 幼いながらも音葉里、ひいては戦国一とされし実力派の忍である、と」


「噂、所詮噂にすぎず。我、未熟」


「ふふふ、これはまた、本当にご謙遜を」


 まったくだ。闇樹が未熟者だったら他の忍はどうしたらいいのだ。とか、叱られそうだが、聖縁と楓は知っている。音葉里の者も、全員が、老いも幼いもみながみな知っている。闇樹の過酷にすぎる枷を。それが故の虐げに遭ってきたこと。遭わせていたこと。


 いまさら反省もクソもないだろうが、謝れボケ。とか、聖縁が思っていると顔にでもでていたのか闇樹が心配そうに聖縁に顔を向けた。幼獣扱いを怒っている? 未熟な間に潰すのは面白みに欠けるとかいう趣旨の話を主が気にしている? と思っている様子。


 だって、右手がそわそわもじもじしていて謝りたいのに謙信がいるからできない我どうしよう!? というのが、心の中のすったもんだっぷりが透けて見えるようだから。


 ――あぁああ、もう、可愛いなぁ、おい!


「遠きサツマからお疲れでしょう。お茶を一服いかがですか? 茶菓子も本日はまっこと運のいいことに老舗の大店で取り扱いがある季節限定のお大福が手に入りましてね」


「え、いや、あの、そんないいところのお菓子いただいてもいいんですか? 突然お邪魔する形になっているのに。というか、それこそ家臣団の方々が暴れそうな予感がし」


「大丈夫ですよ。斬りますから。ね?」


 ――だぁかぁらぁ、なにいい笑顔ですごく怖いこと言っちゃってる、このひと!?


 なぜだろ? 死合い回避したのに回避し切れていない感が満載ですよ気のせいですかそうですか安心しましたいいえ違いますね絶対勘違い違う。だって謙信の目がいまだに美味しそうな獲物を見る目なんだもの。これは、より一層気を引き締めなければ……っ!


 ――じゃないと、死ぬ! 十分の九ほど。


 これほとんど死んでいるが誰も指摘しない。あのおちょくり大好き楓もさすがに謙信の執念というか、本気っぷりに恐れをなしたか、怖くなったのか、黙ってくれている。


 いつもそうしていてくれると嬉しいのに。いつもいつも試練と見せかけては聖縁に嫌がらせを敷く男なので。なんなの? まだ昔のこと根に持っているとか? しつけぇ。


 しかし、いい加減にしておかないと闇樹が制裁をくだす。そしたら、それのせいで生死の境を彷徨う、そんなお洒落すぎる冗句が起こるので最近はご自重なさっておいで。


「さあ、こちらへどうぞ」


 いつも自重しろよ、いやマジで。とか聖縁が楓に無理無駄な願望を抱いているうちに城内へ案内され、座に着くようにすすめられた。んだけど、この場合、どこに座れば?


 一応お客さんなので上座、とも思えるが、謙信相手にそんな迂闊阿呆をかましたらその場で寿命が切れる。まだ死にたくない聖縁が困っているとお助け要員闇樹が動いた。


 どこからともなく座布団を取りだして下座よりも少し上寄りに設置してこちらどうぞしてきて、手で座布団を指し示す。聖縁がちらっと謙信を見ると彼は苦笑していた。どうやら慎み深すぎることに呆れを通り越してしまっているご様子。まあうん、そうだね。


 慎みもすぎれば嫌みったらしい。ただ、闇樹に嫌み成分が欠片もないので謙信もなにひとつ指摘できない。それが為に困って笑うしかなくなる、ということなのだろうな。


 こっちはいつも気を遣いすぎな気がする。原因のひとつに兄貴が阿呆、というのがあるのも不憫。ただ、闇樹は、彼女自身はまるで気を遣っている自覚がないというある種の奇跡が起こっていたりしたりして。なんとも言えない残念感に襲われるのは気のせい?


 そう思っても言わないが。だって逆に気にしてさらに気を遣いまくってぶっ倒れる図が目に浮かぶようだもん。闇樹なので限界を見誤ることはないだろうが……。とにかく無理をしてもらうのは困る。だって可愛い闇樹を愛でれないじゃないか! ……ダメだ。


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