三五二ノ葉 なにこの罰な仕様!?


 でなくば、こんな芸当できなかった。見てもちんぷんかんぷんで侮られた。いや、ある意味そちらの方が案外よかったかもしれない。だってなんだか、気のせいでなければ謙信の目に獲物を見つけた捕食者の笑みが浮かんで見えるから。……気のせい、だよね?


「ふふ、噂に奇妙な政をする国の若君がいると聞いておりましたが、そうですか。戦事にも長けますか。それはそれは手合わせが今からとても楽しみですね。ね、聖縁殿?」


 ――いやぁあああ!? やっぱりぃいい!


 聖縁の心の声。まさかの獲物認定のみならず手合わせすることまでなぜか決まってしまっている不思議。なぜ? 自分がいったいなにをした? 闇樹をだしに使った天罰?


「あれ、意外だな~。謙信公ってばもうちょい穏健と思っていたのにいきなりぃ?」


 聖縁が心の中で地球の外、星の彼方まで聞こえそうな悲鳴をあげていると楓が口をだした。思ってもいないことを平然と。穏健派だと思ったなどと嘘つきまっくすである。


 闇樹から聞いている筈。謙信公は結構短気だと。なので、自分が思ったら即行動しそうだな、というのも知れていただろうに、なに? 自分で寿命を縮めにいっているの?


「武人として猛き者との戦に遠慮も、躊躇もまた無意味。自らを曇らせる隘路に入ることこそ愚かしい。それに、あの島津殿を打ち負かした力量のほどを知りたいのですよ」


「無理です謙信公。アレ、偶然の産物です」


 すかさず聖縁が突っ込む。もう、遠慮していては腐れ死道へまっしぐらしちゃうと思ったのでアレは、あの島津義弘との勝負に勝てたのは偶然とはっきり主張しておいた。


 じゃないと想像だけで寿命が縮む。いや、もう縮みあがっているかもしれない聖縁寿命さん。なーんて阿呆なことを聖縁が考えていると謙信がそれはそれは美しい、見惚れてとろけてしまいそうな笑みを浮かべてトドメ、聖縁への正しいトドメを刺してくれた。


「ご謙遜を。楽しみにしていますよ」


 ――だ、だだだから謙遜とかじゃないんだっつーの! わかっていて言っている?


 もしや、謙信はわかっていて、聖縁の自信なしを重々承知その上、理解しーてーのーわざと手合わせしたい、楽しみ、だなどと言っているのでは? と、聖縁は疑心暗鬼。


 でも、どう見ても謙信は清廉潔白を人間の形に押し込んだような、闇樹と違った意味で清いひとにしか見えない。……いや、これでわざとだったらかなり腹黒いんだがね?


 とかなんとか思っていると、立派だけど見方を変えると社か寺にも見えそうな質素ながらも繊細で美しい造形の城が見えてきた。一行は謙信の案内にて手前で一度止まる。


「さあ、到着ですよ。まずは茶などいかがでしょうか? 長旅でお疲れでしょう?」


「あー、そういえばサツマから直行しましたしね、若旦那たち。俺は謁見伺い前に休息入れておいたのでそこまでお気になさらず。どうぞよろしくお願いします、若旦那を」


 ――おぃいい!? 楓この野郎! なにふざけたことほざきやがってんだゴラァ!


 聖縁様、心中が師走並みに大忙し。まさか楓にもトドメを刺されるとか、なに? 本当に天罰かなにかか? じゃないとこれは、この仕打ちはひどすぎるでしょうがよ!?


 聖縁が心中で頭抱えて転げまわっていると救い手様、もとい、闇樹が口をだした。


「謙信公、聖縁様いまだ、未熟な幼獣」


「はい?」


「故、どうか学びの機会を、と願いに参上した次第。獣も幼獣なれば取るに足らず」


「……」


「立派なオスになるまでご容赦を」


 ちゃっかり聖縁を幼獣扱いしたが、聖縁は文句なっしんぐだ。むしろ、永遠に幼獣のまま目をつけられない人生でいたいくらいだったりする。……それもどうかと思うが、今はとにかく謙信の獲物ろっくおんを回避すべし! なので、闇樹の言葉に激しく同意。


 でないと、あの戦国に名の轟く軍神様とお手合わせなどという人生の罰ゲームを受けるはめになる。そうなったら、ああ、どうしましょう。あら不思議。聖縁のお造り新鮮風味の完成さ。美味しく食べてね? って誰に言うんだよ!? 犬も食わねえぞ、畜生。


 なんて、聖縁が再び転げまわる勢いで心中寸劇していると、謙信は聖縁と闇樹を交互に見て、ふふりと笑う。微笑ましい者を、者たちを見つけたかのように。それでいて、どことなく眩しいものを見るかのよう、ふたりを見てから謙信はもうひとつ笑って言う。


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