三五〇ノ葉 この方が噂の……?
陸路は比較的平和なものだった。さすがは軍神と崇められる御人が統べる国。野盗も落人も人的な危険はさっぱりない。……ただ、道端で結構率狼や熊と思しきものが寝ているのはなんだろうか、アレ? 一種のおもてなしですか? と、思ったが訊かないぞ?
訊いて直後首と胴体が離別しては冗談にもならない。ってかしたくない。マジで。
――ただあれ、それにしても、だが。
「ヒジリより雪が深いんだね」
「ん? そだね。仕事で何度か来ているけど言われてみればそうかも。なんで~?」
「年通して冷たい空気流れる。為か、米が他の国に比べ美味。キョウでは高値つく」
「ふーん。そうなんだ。ヒジリとは違った意味で自然に恵まれているんだね。これも神様のお恵みってやつなのかな? あ、もちろん民の努力あっての美味しい作物、なん」
「嬉しいことを言ってくださいますね」
ピキンっ、とかいう特殊音が聞こえて場が硬直したような気がした。知らない声。中性的で耳を心地よく擽る音はずっと聞いていたくなる錯覚に陥る。……んだけども、声に含まれているのは今まで会った誰よりも強い威厳。比べるとして、カイの武田信玄公。
声が聞こえてきた方、背後を見る。と綺麗なひとが立っていた。雪すらかすませる純白の肌にうっすらと青みがかった白の着物。額まで隠す頭巾をかぶっている麗人はそれこそ今まで見たことないくらい美しい。のに、どうしてでしょう冷や汗が噴きでるのは?
「あれぇ~? 謙信公ってばさっき「到着をゆるりと待たせていただきます」って」
「ふふ、ここ近年、斬新な政策を打ちだすというヒジリの次期当主の顔を見たいと」
なんか、すごく言っているがどぉー考えても牽制に来たような感じしかしない。城に踏み込まれる前に釘を、なにかの釘をぶすっと突き刺しに来た。そんな雰囲気がある。
……ってか、どんなに考えてもそれしかなくね? でないと城主であり、国主直々のお出迎えなどありえない。それも噂に名高い上杉謙信公が。天災地変そのものすぎる。
「なにか? 聖縁殿?」
「へ!? い、いい、いいえ、まったく欠片ひとつとしてなにもございませんっ!」
動揺している時点で、この段階である意味失礼なことを考えていたのは知られているだろうが、意外や謙信は微笑んで流してくれた。ああ、麗人の笑顔は絵になるね。……無駄に寒気が襲う意味のわからないすごく、とってもいい笑顔、なんだけどね、これが。
どうしてだろう? 超級美人の満面笑顔なのに地獄の悪鬼さんも裸足で脱兎逃げだしそうなおっそろしい顔に見えるのは。うん、不思議。けど、思考はすぐに消去された。
また、「なにか?」と、あの怖い問いかけをしていただくのは冬の寒さに関係なく漏らしそうだったから。怖い。果てしなく、上限もなく、この上も、最上階もなく怖い。
「ようこそお越しくださいました、聖縁殿。ご案内しましょう、我が春日山城へと」
「あ、あい。よ、よろしくお願いします」
「? ふふふ、そう堅くならず。わたくしのことは謙信、と呼んでいただいてもか」
「へ? え、や、ああああの、謙信公!?」
「なんといってもあの島津義弘に一杯喰わせたそうで。いずれはわたくしと同じ国主となる身。あまり畏まれるのも困りますしね。遠慮されすぎるのも淋しいものですから」
「いえ、あの、あなたがそうでも家臣の方々はいい顔しないと思います。多分絶対」
「大丈夫ですよ。そんな者、斬りますから」
――おおぉい!? なに超いい笑顔で物騒極まりないことほざいてんだよぉお!?
だなんて、聖縁などは思ったりしたのだが、楓や闇樹は特に思うことない
普通の進言をするであろう家臣を斬る、と言い放ちなさった。見惚れるほどいい笑顔でだ。これに驚くな、ての異常である。と、思うのだが、忍ふたりはなにも言わない。
まあ、へたにつついてことが起こってもらっても困るので別にいいが、変じゃないのかよっおかしいでしょ!? と思うのは自分だけなのか? と、つい考えてしまった。
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