やっと北の地へ

三四九ノ葉 懐かしき空気


「うぉお、帰ってきた感じするぅ。空気がやっぱり懐かしいというか恋しい感じだ」


「是。でも」


「うん。わかっている。敢えて言わんだけ」


「……そう」


 北国の上空。交わされる会話。短くもこれから向かう先へ、目的地への不安感がこれでもか、たっぷりと含まれている声は少年と少女のもの。少女の方はまだ気負いが少なく感じられるが少年――聖縁の方はド緊張である。もうアレ、うっかり吐きそうなほど。


 聖縁と闇樹主従は最南端の国、サツマをあとにし、最北端に位置するヒジリに戻る途中に最後の寄り道の為、空路を順調にいっていた。ただし、国境くにざかいに到着したら陸路をいくつもりでいる。万全を期し、些細なことでお怒りに触れないようにしよう、との提案。


 大賛成です。でなくば物理的に首が飛ぶという欠片も面白みがないもよおしが発生する可能性大なのです。これから会うひと、エチゴの軍神、上杉謙信は噂に敏感というか優れる闇樹が聴く限りかなりの短気。だが、それを指摘する気もない。ありませんとも。


 噂に聞いたのですが、短気ってマジな話っすか? なんて死にたがりのお洒落すぎる冗談だ。聖縁にそんな変態趣味はない。ええ、ええ、あって堪るもんですか、ですよ。


 そんなこんなを考えつつ、聖縁は心積もりをしておく。……と、いうか覚悟? なんとか生きてヒジリに、故国に帰る為に琴線に障らないように覚悟する。気を抜かずに。


 なんでも、楓たちの拾った噂話によると非常に中性的で男女の区別もつかないほどの美貌をお持ちだそうだ。実は女なのでは? などという噂も飛び交ったことがあるそうだが、噂していた名も顔も知らぬ誰かさんは次の日、いなくなっていたらしい。ゾクッ。


 実に軽~く、あっさりぽんとそんな話をしてくださりやがったどこぞの忍は今、先んじて春日山城、という謙信公の居城に謁見というか目通りを願いにいってくれている。


 いや、あの、一応遠慮したよ? なにしろ楓だ。なにをやらかすかわかったものじゃない。そして、そのツケは聖縁にまわってくるのだ。不思議なことに不思議なことに。


 はい、大事なことなので二回続けて、重ねて言いました。と、聖縁が心中ですったもんだと謎寸劇しているとリンが下降を開始しだしたので国境に到着してしまった臭い。


 ああ、まだ心の準備が~……、とは思ったがそんなことをいまさら、間際になって訴えるのも情けないので黙っておく。聖縁の心を正確に把握しているのか、闇樹は苦笑。


 ああ、よかった。気持ちわかってくれるのいて。なんて思ったが、闇樹も結構無礼って美味しいの? な感じだが……大丈夫か? こっちもいまさらで心配になってきた。


「おーい。よ、来たね~。御目通りは結構簡単に了承もらえたよー、って若旦那?」


「いえ、城からでた時生きているように祈っておいてね、と頼もうかと思いまして」


「……。あの、顔面蒼白ってか死体の色ですが。大丈夫か、若旦那? もしもし?」


 楓の指摘にも聖縁は曖昧に笑っておくに留めた。どー考えても危険しかない、と。


 楓は聖縁の様子になにかを察してくれたのか乾いた笑いで流してくれた。そして、案内役になってくれた。今まで空路で風に乗っていたので土の地面が妙に懐かしいです。


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