三四六ノ葉 決着をば


「もう、ぜえ、ぐうも言えんね?」


「……」


 結果、聖縁はボコボコを超えたとんでもありさまになって義弘に吊られている。気絶しているのか、途中からは応酬もなく殴られるばかり、されるがままになっていた。が、それで許してやる義弘ではないのでトドメの一撃に、と拳を背後にまで引いて構えた。


 これ以上はさすがにまずくヤバい、と思った楓が動こうとしたのとその音は同時。


 ゴッ! と、まあ超痛そうな音がして顔面に拳骨がめり込んだ。義弘の、顔面に。


「な、がぁ……ッ?」


「へへ、窮鼠猫を噛む、なんって、ね」


 目を閉じてじっとされるままだった聖縁が不敵に笑った。そして、ぐらつく義弘の顔面から引いた拳で今度は顎へ超強打を三連発。義弘の手が開かれて聖縁が落ちるが、途中で姿勢制御して足から着地。義弘は少しの間ふらふらしたがやがて倒れた。脳震盪で。


 駆け寄ってきた楓が義弘を確認してみる。演技でもなんでもなく安らかに気絶。楓はにわかには信じられない気持ちで視線を動かしてみた。聖縁はしっかりと立っている。


「あっはは、参るね。若旦那の、勝ちだよ」


「ぃいいやったーっ! てぇ、だだだっいでだだ! 体が、破滅の音がぁーっ!?」


 そりゃあ、アレだけ盛大にボコられればそうだろうよ、と楓が苦笑していると治療要員が無音でててて……、と駆けていき、聖縁の頬を思いっきりぶっ叩いた。え、なぜ?


「よ、葉?」


「聖縁様、我に心配かける、楽しい?」


「へえ? そんなわけな、ってな、なな泣くなよ! なんで泣くんだ、俺別にそん」


「心配した! 心の臓止まる思った! 聖縁様、アホ! バカ! バカバカバカ!」


「いて、いてっごめ、ごめんなさいっ反省しますなのでこれ以上打撲傷嵩増し勘弁」


 楓が義弘の安否確認を行っている間にふたりの少年少女は寸劇の如く可愛いやり愛をしている。楓は苦笑。本気で泣いている妹はきっと聖縁が無抵抗になった辺りから気が気じゃなかったのだろう。それを見守り切って気持ちのタガが外れて涙も零れた、とな?


 まあ、わからなくもない。特に闇樹は視覚情報を取得することができないので、余計に凶悪にして凶暴な、肉を打つその殴打の音から攻撃の重さをはかっていた。主の息、まだあるそれがいつ止まってしまうかと心配で心配で気が気でならなかったことだろう。


 それはわかるが、聖縁が言うようにこれ以上打撲を増やすのはやめて差しあげてやれよ~、手当てに向かったんじゃないんかい? とは一応、常識として思った楓である。


 んで、闇樹はしばらくは聖縁を責めていたもののすぐ手当てをはじめてくれた。むすっくれている辺り、まだご機嫌はよろしゅうないようだが、そこは聖縁の姿勢次第だ。


 聖縁が「本気で心の底からごめんなさい」としたなら闇樹も許してくれる……筈。


 そんな可愛いふたりを想像してついくふっと笑ってしまう楓の下で義弘が呻いた。楓は一応審判の義務ということで彼にも結果を伝えてあげることにした。なるべく軽く。


「今回は若旦那の勝ちだね、とっつぁん」


「ひ、ひぃてやあえたとぉ……」


「えっと、してやられた? かな? そうだね。ある意味名演技だったかもだね。ただまあ、なんだ、そのせいでお側付の忍にめっちゃくそ罵倒されて叩かれているけども」


「こもものへいほうはおしょろしか~」


「うん。こどもってへたな英雄気質持ちの若造より成長早くてびっくりするよね~。じゃあま、葉ちゃんは若旦那の手当てと罵倒に忙しそうだし、俺が手当てしたげるわ、とっつぁん。つってもひどい怪我にはなっていないからしばらく安静くらいで充分、かな」


「くあしか~」


「悔しい言うの敗者の中でも這いあがれるひとの台詞だね。少なくとも折れてねえ」


 聖縁の脳震盪攻撃で呂律が怪しい義弘に楓は宥めの言葉を吐く。でなければ回復後すぐ聖縁に再挑戦したら全治数ヵ月以上の制裁をくだされることはわかっている。


 そうこうと騒がしい朝の決闘が終わり、ふたり共よろりしながらでも動けるようになった昼からはお互いの健闘を称えあって握手し、闇樹がつくる夕餉を待ったのだった。


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