いよいよ、決戦を

三四四ノ葉 本稽古当日朝


 翌日、朝餉の席を聖縁は欠席した。義弘はとうとう耐えられなくなり逃げたか、と思い楓に今日も楽しく果たしあいを望もうとしたが、楓もいない。そして、闇樹すらも。


 主従とおまけ揃って逃げだしたか、と義弘はがっかりして朝餉を搔き込んで、自己鍛練に武道場へと向かった。と、そこには先客がいた。まだ幼さの残る顔の少年と従者の少女。そして、朝からずっと姿が見えなかった男。聖縁主従とおまけの楓が待っていた。


「なんばしよるん? 朝餉にもでんと」


「朝餉はここでいただきました」


「……そんほどの覚悟っちゅーことね?」


「俺は今まであなたが見てきた連中とは違っていたい。だからこそ違うことをする」


 朝餉を共にするというのをとりあえずやめてみた、といったところ。しかし、聖縁の目には以上の覚悟がある。義弘は察した。これは気を抜いては一本どころではないと。


 聖縁はあの日、武器を渡した日からほぼ不眠不休で、とはいかなかったけども精一杯やった。極力すべての時間を鍛練に費やした。それがわかる。組まなくとも、わかる。


 ここほどの覚悟と努力を見せた者を義弘は知らない。大抵の者が半端な覚悟、遊びのよう、自分に鍛練を申し込んできた。たった一度の鍛練で泣き言をほざき、逃げる者が大半だった。聖縁は明らかにそいつらと違う。だからこそ義弘はにかっと笑ってみせた。


「ほいだら、早速」


「ええ。はじめましょう」


「俺が審判するわ。言っておくけどお互いに殺さない程度でお願いね? でないと」


「ん?」


「イエ、ナンデモアリマセン」


 でないと闇樹からの天誅がくだる、と言いかけた楓。が、先んじて闇樹が潰した。


 義兄の言わんとすることを予知ばりの速度で察知して「あ゛ぁ?」してきた。およよん可愛い妹よ、いつから君は自分にそんなに厳しくなってしまったんだよぉ、と楓が世を儚んでいると闇樹がさっさと審判しやがれ、とばかりケツキックを一発、二発、三発。


 四発目を喰らう前に楓が進みでていった。義弘と聖縁の間に立った男は期待半分心配半分。なにせ詰め込み授業だったから。それはそれはもう、喉に詰めるほど詰め込み授業でしたとも。教える側も大変だったが、闇樹はそんなこと微塵も感じさせないままだ。


 風の神に主の武運を祈っている。己が信仰し、またいつも助けてくれる風に「主へお力添えを」と祈っている。うーん、忍の鏡だな、本当に。と、楓がまたどうでもいいことを考えていると闇樹の細い手指が凶器をちらつかせてきた。ので、審判役集中に戻る。


「両者、戦士に相応しく正々堂々と」


「らしくなか! 正々堂々なんぞ」


「クソ喰らえーっ!」


 楓の一応真っ当な審判の言葉に悪罵を吐いたふたりは同時に飛びだした。義弘はすでにあの巨大包丁を手にしている。一方の聖縁は義弘が選んだ手袋、と軽い防具のみだ。


「どっ、せい!」


「はいはい」


 義弘の包丁が掛け声と共に振られるのを聖縁は不敵に笑ってやりすごして、一瞬。


 義弘の意識の中から聖縁の姿が消え、次に現れたのは義弘の武器が持つ殺傷圏を大きく踏み越えた懐の内だった。ただ、それを視認しても反応は追いついていかないまま。


 そして、繰りだされる聖縁史上最速の拳が義弘の鳩尾を正確に撃ち抜く。これには義弘も意表を衝かれ、本気で噎せ返るが、さすがに歴戦の武士。条件反射の勢いで咳き込みながらも足を振って聖縁を彼が持つ間合いの外へ追いだす。腹部が痺れるように痛む。


「えーっと、悪いけどとりあえず一本」


「げほっ、化けおったな、聖縁どん!」


「それもこれも全部俺の影とその兄貴が全身全霊で教えてくれた秘密の技のお陰。さあさあ、続きをしましょうよ! それとも、もう降参ですか~? ええ? 俺相手に?」


「生意気言いよる暇があれば、かかってきんしゃい! それこそ一人前の戦士ば!」


 相手が例え、もう必殺の一撃を受けていても攻撃の手を緩めずトドメを刺してやってもとい「参った」と言わしめてみせるのが真のおとこという世界一のバカ種族というもの。


 女の子には理解不能意味不明な矜持を持って男は生きている。戦闘に殉ずる男は特にそういった傾向が強い。義弘は代表的なバカまっしぐらを極めている男だ。……楓も。


 そして、今は聖縁もそのバカに数えられるのは名誉なのか不名誉なのかわからん。


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