三四三ノ葉 新しい技術習得へ
「さて、方針が決まったんだし。本はこの手のことを書き記さないから実践授業ね」
「やっぱり難しいの?」
「当然。だって忍としての体、基礎の基礎を完璧に鍛えあげた者にだけ許される術」
「あれ? 初っ端からかなりの無茶振りされてない、俺? 俺の貧相でどうしろ?」
「大丈夫、大丈夫。若旦那は外の筋肉がつきにくいってだけで内側の体を根本から、深層から支えてくれる筋力は葉ちゃんの教えのお陰でか、かなりいい線いっているから」
「?」
「とっつぁんが言っていたんだろ? すばしっこいって。それってば
楓の言葉を受けて聖縁はつい涙腺が緩みそうになってしまう。戦の才能などないと思っていたのに、一番認めてくれなさそうな楓が素質あり、と認めてくれたのが嬉しい。
聖縁の様子に楓はにっこり笑って立ちあがる。どうやら早速授業をしてくれると。
なので、聖縁も立ちあがった。その顔にあった焦燥感は綺麗さっぱり、とまではいかないが、なくなっていた。希望ができたことで心に余裕が生まれてくれた様子だった。
聖縁の様子にむくれていた闇樹も機嫌を直して立ち、やんわり微笑みを浮かべる。
自分たちが知っていることで主の役に立てることが嬉しいのだ。忍とはそういうもので存在だから当然といえば当然だが。それでも闇樹の喜びは以上のものがある。生きているうち、命あり、命が形を持っている間に少しでも多く聖縁の為、力になりたいから。
「んじゃ、早速やり方っていうか、気の練り方を教えるからしっかりついてきなね」
「忍は体も心も徹底的に鍛えていて気を練るのなんて呼吸に等しい? ってこと?」
「否定、しない」
楓の言葉に聖縁が質問。闇樹が簡潔に答えて早速主に特訓を敷く為の準備に緩衝材の布団によく似た板っぽいものをどこかからか引っ張ってきた。闇樹が怪我予防に動いているうちに楓がかなり噛み砕いたザックリ原理を説明してくれるのを聖縁は必死で聞く。
なにがなんでも会得して島津義弘の鼻を明かせたる、もしくは自分自身にやればできると教え込まんとするその姿勢。その欲に楓は少しゾッとした。知識欲。聖縁の欲はこれに違いない。戦闘の知識。国々の情勢に対する知識。ありとあらゆるものへの知識欲。
知りたい。知ってそして必要なものだけ手にして残りを放し、余計な邪欲を廃す。
この歳で、十二歳でこんな思考にいたっている聖縁に楓は恐ろしいものを感じた。
七年前からそれらの片鱗を感じてきた闇樹としては別段、驚くことではない。楓にどうでもいいこと考えていないで授業をして差しあげろ、と指をちょいちょい動かした。
妹に急かされるので棍棒喰らう前に授業を再開。基本的な知識を聖縁に叩き込んでいくというか、知識欲の化け物が開けている大口に知識を安全圏から投げ入れて喰わせてやっている。の方がより正確かもしれない。それくらい聖縁の知識吸収力はすさまじい。
これも一種の才か? と思いつつ、楓の知識的授業は終了。あっという間の授業。なのに、詰め込まれた内容は相当量だ。しかし、聖縁はそれを感じさせない涼しい横顔。
そのあとは闇樹による実践授業となったが、やはりふたりの位高い忍が口を揃えるだけあり難しい。特に手足がばたついてしまうのは慣れが必要だ、と言われてしまった。
なので、闇樹の提案で大陸拳法に用いられる似た歩法を活用して微調整となった。
知識は活かせなければ意味がない。
知っているだけでは宝の持ち腐れも同然。
その点、聖縁はきっちり活かしてきている。あとは慣れと自信で。「必ずできる」という自信が聖縁にはまだもう少し足りないのだ。卑屈になっているわけではない。ただ、大丈夫の一押しを自分にできない、という難儀さ。こればっかりは鼓舞も意味がない。
完全に聖縁が自分自身で乗り越えていかなければならない課題であり、目標。ここに口だしも節介も不要。そう判断した楓はあとを闇樹に任せて要らんことを言ったりしたりする前に自己判断で退散する。闇樹も構わない。これは聖縁の問題だからと突き放す。
その方が聖縁としてもありがたい。だから、その日は夕餉まで自己研磨と自信増進に励んで、夕餉のあとは闇樹に相手を頼み、組手と瞬動術の練習に明け暮れたのだった。
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