三四二ノ葉 戦闘狂忍の発案


 冗談じゃない。そんなしょぼい終わり方などまっぴらゴメンだ。聖縁は誓い、そして望んでいるのだ。忍がいなくてもいい戦国、もしくは戦火のない世界を。誰もが安心して息ができる世界。誰もが平等な命を生きることができる世界。そんな夢であり、幻を。


 それをこんな小さな障害で潰されるなんて断固拒否。すべてを、心血を注いででも叶えたい願い。ただひとりの女の子を思うがこそのあがき。誰に笑われてもいい。バカにされても、叶いっこないと鼻で笑われても、いい。それくらい強く願っているのだから。


 闇樹の分銅が唸り、聖縁の拳が振るわれる。そんな時間が刻一刻とすぎていく。昼の休憩に軽食を持ってきてくれた楓はつい苦笑してしまう。聖縁は全身ボロボロで鼻血を流しつつも立っている。顔にも腕にも痛々しい青痣。すべて闇樹の分銅がぶった箇所だ。


 聖縁が力の限り喰らいついているのは一目瞭然。だが、しかし、根性だけでどうにかなる問題とそうでない問題がある。闇樹はもうやめたそうにしている。主人がこれ以上傷つくのがいや、といったところ。それでも続けてきたのはその主が望んでくれるから。


 主からの願いは至上の誉。忍冥利に尽きるというもの。だけどでも、これ以上主を手負いにするのは気が引けるのでやってきた楓に首を傾げ、「どう思う?」と無言質問。


「まーまー、若旦那も葉ちゃんもちょっと休憩しな。ぶっ続けだと集中できないよ」


「わかっているけど」


「時間が足りないって? その焦りはわからないでもないけど焦りすぎよ、若旦那」


「だってさっ!」


「はい。言い訳無用。今、アンタがしなきゃいけないのは適度な休憩と怪我の処置」


「っ……わかっているよ、でも」


「いいから。これ食って葉ちゃんの手厚い看護を受けて。で、ちょっと頭冷やしな」


 よりにもよって戦闘狂楓から頭に血がのぼりすぎ、言われるのは癪だったが、聖縁は渋々従う。楓が準備してきた握り飯を齧って闇樹が丁寧に手当てしてくれるのをおとなしく受ける。痣散らしと痛み止めの軟膏を塗られ、当て布をされて包帯を巻かれていく。


 どうしようもない焦燥感。闇樹にいまだ有効打をひとつも与えられていないのに明日の義弘との稽古をこなせるのか? ということ以上に未来のことに囚われている聖縁。


 しかし、ここでそれを指摘して宥めるは逆効果。余計変な意地を張られかねない。


 なので、楓は素朴な疑問をぶつける。


「どーも腑に落ちないんだけどさ、どうしてとっつぁんは若旦那に近距離戦をすすめたのさ? 若旦那の体格からしてどう見ても不向きっしょ。それとも自己申告したり?」


「違うよ。俺がすばしっこいからって」


「ははあ。そう。じゃあ、話は早いな」


「?」


「葉ちゃん、ここは忍の秘術のひとつを伝授する時なんじゃな~い、なんつって?」


 意味不明。楓の助言はその一言に尽きる、と思ったのは聖縁だけだったようで闇樹はしっかりと意図を汲んだ様子。一瞬だけ「どうしよう?」と顎に手をやっていたが、すぐ頷いた。聖縁当人を置いてけぼりで話が進んでいっていて。すると、楓が簡潔に言う。


「忍の中でも上位の者にしか伝わらない秘伝、瞬動術を教えてあげるよってお話さ」


「え? それって」


「俺らの独断だけど、継承できるひとがいるなら少しでも多くにそうしとくべきよ」


 ただでさえ廃れ気味だし、とつけ加えそうな楓に闇樹も頷く。そして、聖縁に、なぜかむっと膨れてみせた。え、なんで闇樹が不機嫌そうにするわけ? なにかしたっけ?


「我、島津様の話、全部聞いていたわけ、否。速度重視なら先に言ってほしかった」


「え、あ、てっきりわかっているものと」


「以心伝心まだ叶わぬっ」


 言って闇樹は本格的に膨れてむくれてしまった。どうやらですが? 聖縁が詳細を伏せていた。もしくは言ってくれなかった。それつまり、で自分は聖縁に信頼されていないと思ったのとまだ以心伝心に届かないことに自分で機嫌が悪くなってしまったご様子。


 なので、聖縁は素直にごめんなさい、と頭をさげたが闇樹は膨れっ面のままだ。相当お怒りになられている模様。傍で見ている楓は闇樹と聖縁両方の反応にくすくす笑う。


 まったくもって、いくつになっても可愛いふたりである。た・だ・しだ! あまり笑うと闇樹に怒られもとい撲殺されそうなのでしないが……。話が決まったので楓は手を打って注目を促す。闇樹は膨れたまま、聖縁はそんな闇樹におどおどしつつ、楓を見る。


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