三三九ノ葉 お付忍にお願い


 そうこうとにぎやかで美味しい食事時間はあっという間にすぎてしまい、闇樹がお片づけしている横で大人は今日も酒を楽しんでいる。聖縁は闇樹が遠慮、というか畏れ多い、とばかり恐縮するので変に手伝わずに、借りている部屋にいき、読書の続きをする。


 ただしだが、そう一朝一夕で義弘という怪物の攻略法が見つかる筈もなくって。ましてや聖縁の体格では結構不利めな肉弾戦を選択させられている。明日は実践時間に全部充てるとしても、そうなってくると読書の時間が圧倒的に足りない。本も残り少ないが。


 こんなことでいいのか。できるのか。強くなれるのか。甚だ疑問だ。今は目の前のことをやってやってやり尽くすしかない。そう思い、読書で脳も腹いっぱいになった頃、目の前にほかほかと湯気をあげる茶が差しだされてきた。確認するまでもない小さな手。


「葉」


「捗りのほどは、いかに?」


「うーん。煮詰まり中、かな?」


「仕方なし。聖縁様、今まで選択肢に近距離戦闘、肉弾戦、体術のみなどなかった」


「うん。けどさ、言い訳臭くなるから言わないぞ? やるだけのことやるのみ、さ」


 やれるだけのことをやってダメだったなら他を模索するか、もっともっとうんと知恵を絞ってみるなど選択の余地はいくらでもある。ただ、今は圧倒的に時間が足りない。


 本から吸収できることがたくさんあるのは知っている。が、それも実戦に勝るものではないというのは痛いほどわかっている。しかし、だからと義弘で実戦などしようものなら数日寝込む覚悟もしなければならない。だから煮詰まり、なのだ。どうしたものか。


「葉はさ、全部独学だったの?」


「すべて、否。長付き合ってもらったこと、ある。長、締め技の達人。故、習った」


 なるほど。闇樹も自分の小さな体でできる最大限の努力をした、ということか。となると七年前、はじめて会ったあの時、影和を締めたアレも紅が教えたのかもしれない。


 彼女の儚い体。花の茎のような体では向き不向きが当然あっただろう。それにそれでいて戦場いくさばを生き残るのに必要な最低限の体術を教わった。紅なのでタダ、ではない筈。


 ならば、今、というか明後日、聖縁の息が無事あるようにするにはこれしかない!


「葉」


「?」


「明日、一日お前の時間を俺にくれ」


「? 我、常に、そう在る」


「いや、明日は飯のこともなにもせずつきっきりでお前の体術を叩き込んでほしい」


 そう、闇樹の持ちえる時間をすべて使わせてもらう。これしか今は対処法がない。


 楓、というのも考えたが体格が違う。ここは体格も似ている闇樹に頼む方がいい。ただし乗ってくれるかどうかは闇樹様最高裁次第。いやまあ、楓と違って意地悪でもなんでもないので許してくれそうだが、ここを厳しさで突き放す可能性だって充分あるのだ。


 それが闇樹の、彼女の優しさだ。いつまでも甘えるダメ、と突き放す愛情を知る。


 しかし、それと同じか以上に聖縁を大切に想ってくれているのでどちらの目、か。


「……御心のままに」


 しばらくの沈黙。痛い沈黙だったが闇樹はやがてそれを破って承諾を口にした。これには聖縁もほお、と大きく息を吐いて安堵する。断られたら苦境もいいところだった。


 だからこそかもしれない。聖縁の立場になって考え、彼の苦境を充分に理解して授業をしてくれる、と言ってくれた。まだ、甘えることを許してくれる。……いや、違う。


 彼女は甘やかしで承諾してくれたのではない。いつかの瞬間に後悔がないように、主の為にと思ってくれたのだろう。もしくはそれくらい義弘のことを危険視しているか。


 どちらにしても助力してくれることは決まった。だったらと次の懸念を吐きだす。


「本、もう少し難易度が高いのないかな?」


「聖縁様、無理厳禁」


「わかっている。でも備えすぎて困ることなんてないだろ? 戦も人生も、すべて」


「ん。でも、少々ピリピリしすぎ」


「あはは、それくらい興奮しているのかな」


「? ……緊張、ではなく?」


「うん。緊張がすぎると興奮作用が現われるぞ、みたいな? とりあえずわくわく」


 ちょっと変態じゃなかろうか、と自分で思った聖縁だが、それでも現実にわくわくしている自分がいるので闇樹の問いに素直に答えた。あまり緊張していないのはどうしてなのかわからないが、でも、興奮、極度に追い詰められて興奮しているのかもしれない。


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