三三八ノ葉 夕餉の変丼がっついて
「うわっ、美味そう!」
「恐悦至極。頑張った、嬉しい」
そして、時間は流れ流れて夕餉の刻。今日の膳は一風変わっていた。丼と澄まし汁にあとは漬物が少しというもの。ただ、メインである丼はもう食べるのがもったいないくらい綺麗に盛られているし、聖縁が思わず歓声をあげてしまうほど見た目美味しそうだ。
事前に鮫やウツボが入る変丼だと聞いていただけにこの出来栄えにはびっくりだ。
ウツボと思しきものは厚い刺身にして炙ってあり、ものすごーく淡白そうな身の魚はおそらく鮫だ。これも綺麗な透き通った感じの色だが、表面はこんがりと炙ってある。
肉食魚は総じて淡白な味、ということなのだろうか? ……いやいやいや、全部じゃあなかろう。多分この感じ、てらてらした見た目からして脂乗りがよすぎた、とかか?
炙って少しでも口に脂っ気が残らないように気を遣ってくれた、と。まあ、そんなところだ。汁も魚のあら出汁を使っているのか澄んでいるのにとても濃厚な香りがする。
「濃厚な醤ある。少しずつ垂らして食べる」
「へえ、聞くだけであいそうだな」
「あ、結構まともな丼だ」
急に背後から声。飄々とした男の声。今、このサツマにこんな軽々しいのだけど超絶的な美声の持ち主などひとりしかいない。というか、心当たりが他にないので聖縁はちろっと振り向いてそこにいたひとに笑ってみた。と? 相手も返事に笑い返してくれた。
「楓も聞いていたの? 丼の具材」
「もち。だって、ここでの楽しみなんて今や葉ちゃんお手製の精がつく料理だけよ」
「……今、や?」
「ああ、うん。前までは自分を奮い立たせるのにちょこーっとアホな試みではあったんだけど「島津とっつぁんの相手って超楽しい」なる自己暗示を、ね。かけていたから」
どうしたことでしょう。急にもんのすっごく可哀想なひとに思えてきた。ってか、実際問題として可哀想なんだろうけど。楓なので半分くらいは楽しんでいたことのだろうが、さすがにマジな命の危機があっては楽しめ切れなかったに違いない。相手モノホン。
島津義弘の苛烈ぶりをまたひとつ発見しちまった聖縁だが、その、当の義弘は早々と丼にがっついている。醤の量はお好みで、と言われたが義弘氏、結構やっておいでだ。
醤だけ味見してみた聖縁だが、普通に食べる刺身の醤より数倍濃い。これを豪快にぶっかけてもりもり食っているのは味を殺しているのでは? まあ、ひとそれぞれだね。
そう決着して自分もまずは一周醤をまわしかけてウツボ、と思しき刺身と酢飯をぱくりと食べて思わず感動。う、美味っ! 世辞とか気遣いとか抜きにしてマジで美味い。
と、感想を抱いているうちに義弘は食べ終わって闇樹におかわり要求している。食うの早ぇな、おいっ!? とか、味わえよ! だとか思う聖縁だが敢えてノー突っ込み。
だってそんなことしている時間がもったいないもの。それよりか、おかわりがあるならぜひ自分もおかわりを存分に! と思ったので丼にがっつくことに集中しはじめる。
んな聖縁を微笑ましく眺めていた楓もやがて座に着き、自分の丼を食べはじめる。
闇樹は男衆が食事をしている間ずっと給仕とお茶汲みに専念していた。おそらく、自分の取り分はきちんと確保しておいて全員が食べ終わったら搔き込む気でいる、のだ。
「茶のおかわり」
「あ、欲しい~」
「おいも!」
「あ、俺にもちょうだい」
「ん」
みな各々で丼のこってりアンド醤の塩辛さで喉が渇いているので茶の給仕も多忙。他の女中さんたちにも応援を頼めばいいのに、という感じの聖縁だが、闇樹はどんな手品なのか一瞬で茶を淹れて配っている。これは……へたにお手伝いがいる方が邪魔になる。
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