本稽古に向けて

三三七ノ葉 いや、無茶振り反対!


「今日明日で戦法を練りんさい! 本稽古」


「あのですね、無茶振りって知ってます?」


「無茶苦茶を振ることば」


「今、あなたが俺にしているのはそれです」


「がはははっ面白かぁ冗談ばい」


 流された!? ものっそ爆笑された上で流されてしまったので聖縁は無駄な訴えをやめることにした。絶対取りあってくれないし。それくらいのことがわかるくらいにはもう義弘のアレな部分に慣れてきていた。……まあとはいえ、楓ほどではないのだろうが。


 彼こそ義弘の無茶振りに頭抱えて傷まみれの道を選んだことだし。ああ、可哀想。


 傷まみれか、聖縁にやらせてみるか、の二択を迫られて聖縁に義弘の説得はまだ荷が重いと判断して代わってくれたのだし。……いや、楓が結構状況を楽しんでいた、という事実部分は無視るけどね。傷だらけになっても戦闘に興じたい気持ちが絶対あった筈。



 本人には言わないし、訊いてみる気もないけど。だってそんなことしたらかなり確実に半死半生の予知を言い渡される。素人占い師にすらも。モノホンだったら「考えるのもやめれ」と忠告されること請け合いだ。だって楓もかなりの率で戦闘狂アレな要素がある。


「明後日、支度が済んだら道場にき」


「死に支度ですかっ!?」


「なんば言うとー? 稽古の支度ばい」


 だから、心も体も準備期間が短すぎて道場にいったら稽古デスが確定しちまうの!


 なんて聖縁は思うわけですが義弘はマジで聖縁の訴えの意味がわかってない模様。


 ここまでくると天晴。負の意味でだけ。


 聖縁は今後の人生に誓った。間違っても戦闘狂に関わらないでおこう。もし万が一にも関わらねばならないとして、戦闘の稽古など申し込まない絶対。と、とても当たり前の誓いを立てて義弘が持ってきた武器を持ち帰るのを見送った。で、早速模索にかかる。


 今まで闇樹に習った体術、体技のすべてが試される時が期せずして来てしまった。


 だから、聖縁は闇樹に今もうひとつ感謝した。心技体。これすべて併せて持つことこそ強者の証。ずっと言われてきた。中でも体づくりは念に念を入れられたっけ。心は自然形成、技に関しては闇樹がつきっきりで教えて叩き込んでくれたのは懐かしい思い出。


 中には習得するまで数日かかったものもあったが、闇樹は完全に会得できるまで粘ってくれた。普通の指導者なら「才能がない」とか「身にあっていない」と言って放り投げそうだが、闇樹は違う。未来の為、厳しい戦国を生きていく主の為になにがなんでも。


 厳しさが活きる時が来た。と、聖縁は今一度格闘技の本を読んで頭理解をと思って荷を漁ろうとしたが、先んじたのがきちんといて参考になりそうなものが積んであった。


 いったいいつから話を聞いていたのか。そっと苦笑を噛みながら聖縁は一番上の本から手をつけていく。夕餉の支度と並行で聖縁の面倒も見てくれる心優しい忍に感謝だ。


 例え、そう例え最初の本が掲げている表題が「体格だけで弱者と決めるな!」なーんて言っていても闇樹にその気は、悪意や悪気などというものは一切ないのだ。ただ、単純に今の聖縁が求めそうな知識を綴った本を選出してくれただけだね。……多分だけど。


「えーっと……?」


 その本は肉体の才能で劣る者が圧倒的対格差で勝る者と少しでも近しい位置で格闘できるよう思案するように、というのが主な題材にされていた。そして、最後の方に少しだけ姑息、とも取れる手法が挿絵つきで書いてあった。いわゆる「猫騙し」なる手法が。


 おそらくでも確実にこの手法は義弘に通じない。彼は戦闘狂、というひとつの変態を極めているもののバカでも間抜けでもない。むしろ戦闘行為の、彼は専門家であった。


 そんなひと相手に少々知恵を絞った程度で勝つことはおろか、一撃入れること叶わずフルボッコにされるのは目に見えている。そして、そうなったらば、しばらく寝込む。


 んなもの時間の無駄であり、浪費にほかならない。なので、聖縁は参考のひとつにする程度の気持ちでその本を読み終わり、次の本を手にする。近距離戦闘術及び技法の専門書だった。裏に書かれているだろう価格を見るまでもない。お高い本に決まっている。


 使用されている紙も上質なものだ。値段は敢えて見ない方が勉強を捗るだろうな。


 ご本様のお値段様に気を取られて貴重な準備時間を無駄にできない。愚行で愚考。


 そして聖縁は本の世界に没頭していった。


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