三四〇ノ葉 ガチ鍛練、開始!


「授業の内容、考えておいてくれる?」


「諾」


 授業計画を練っておいてくれることを承諾してくれた闇樹はついでに、という感じで小難しそうな題の本を数冊聖縁の隣に置いて消えた。聖縁の要望に応えて難易度の高い本を置いていってくれたものらしい。本当にありがたい、ありがたい。ありがたすぎる。


 そばにいないでくれるのも読書に集中できるように、だろうし、聖縁が全身全霊で義弘攻略に邁進できるようにする為なのだ。マジで従者の鏡だな、彼女は。そんなこんなを思いつつ、聖縁は一番上から本を手に取って読みはじめる。なるー、思うほど難しい。


 だが、あの脱走魔日天丸時代には絶対に理解できなかっただろうが、今は違う。易くはないがしかし、理解はできる。それが、嬉しい。これも闇樹の厳しい教育のお陰だ。


 そこから聖縁は月が天の頂にやって来て、傾きはじめる頃まで読書に明け暮れた。


 そして、眠たくなってきたので布団を敷いて寝間着に着替えてもぐり込む。優しい温度の風がすぐそばにある。それが気持ちいい。サツマの暑い冬にあっても柔らかな適温をくれる風を操る主に感謝して聖縁はすぐ眠りについた。興奮は去り、安らかな眠りへ。


 翌朝、起きた時、奇妙な心地だった。


 適度に緊張し、興奮している。なんて、お変態様が憑いたのか? と、本気で自分心配をしつつ身支度を整えて、義弘氏所有の武道場に向かうと、そこに影が待っていた。


 影は聖縁にぺこりとお辞儀し、朝餉代わりの軽食に握り飯をふたつ渡して急須で茶を淹れはじめる。緑茶のいい香りがただようのを鼻に感じつつ握り飯をしっかり味わう。


 ただの塩むすびだが、それがまた素朴な味で美味しい。と、聖縁の目の前に湯飲みがだされた。淹れたてのいいにおいに誘われて口をつける。ほのかな苦味と渋味の中に甘みがありとても美味しい。たまに高級茶葉を使っているのでは? と思うが違うらしい。


 まあ、なにかと節約志向のある闇樹なのである意味当然といえば当然だが。でも、一流というか超一流の忍はお茶一杯にいたっても最高の一杯にできるので? と、たまに聞いてみたくなる。けど、今は特にそんなことに気を取られている場合ではない。うん。


「ご馳走様」


「お粗末様」


 定型句を述べてふたりは合掌したり、皿や湯飲みを安全圏にさげていく。そして、それは唐突にはじまった。鉄の手甲手袋をはめた聖縁の拳が闇樹に迫るが闇樹はひらっとそれこそ風に身をゆだねる柳か蝶が如くあっさり躱す。そして、返礼に鋭い蹴りが襲来。


 聖縁はそれを両腕を重ねて防御したが肉、骨にまで響く。とても女の子の力とは思えない威力に顔が歪むが、ひとつ、ふっと息を短く大きく吐いて闇樹の範囲から逃れる。


 いつも教わる通り、特別厳しく教わったように構えて相手の出方を窺うように足踏みしている聖縁の意識の内から闇樹が消える。そして気づいた時には懐に入り込まれた。


 そこから先は一瞬の出来事。聖縁の体が宙を舞っていた。顎に鈍く痛烈な痺れ。どうやら顎に掌底かなにか喰らったようだ。と、いうのを理解する間も闇樹の猛攻は続く。


 空中にいる聖縁に瞬間接近してきた。おそらくもなく間違いなく虚空瞬動。やはり闇樹も会得していた模様。ここは防御、かとも思ったが聖縁は空中で体を捻って整えて反撃に転じることを選択。打ちあげられた勢いのまま、縦回転。足先まで気を配った蹴り。


 なのに、闇樹ときたら、お約束の上まるで予想したように再びの虚空瞬動で聖縁の蹴りが届かない位置にまで退避。その間に聖縁は武道場の床に着地。床がかすかに軋んだが構わず、反発も利用して床を蹴る。闇樹の下へ一直線に迫り、最速の鉄拳を繰りだす。


 闇樹は今度は避けず、拳を握り込むように手のひらを差しだしてくる。が、聖縁も手を開いて闇樹の小さな手に手をあわせて捕まえる。闇樹が疑問を抱いた雰囲気になったので予想外の行動だったらしい。聖縁はそのまま闇樹を引っ張って胸倉を掴み、投げる。


 いったいなにをしたいのだろう? そんな空気むんむんで闇樹は着地。まるで自分でちょっと跳んだかのように投げられた闇樹の疑問。が、着地と同時に感じた風で察した闇樹は腕を重ねて防御。そこに入る両手をあわせた鉤突き。これには闇樹も顔を歪める。


 重い一撃。細い体は衝撃に耐えることをせず、勢いに任せて飛ばされる。そして、空中で姿勢制御し着地した闇樹は驚いていた。いつの間にこんなものを覚えたのだろうか?


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