三三四ノ葉 妹も様子見に
「にい、何用だった?」
「ん? ちょっと様子を気にしたみたい。あの戦闘狂にしごかれて大丈夫かってさ」
「……だけ?」
うお、鋭い。さすが闇樹。だが疑ってかかっているわけではないが、あの楓がただ聖縁の様子を気にして顔を見せたというのが不思議なのだ。でも、やましいことはない。
闇樹と楓がどうやって出会ったのかを聞いた程度だし、そんな悪いことをしたのに入らないだろう。多分、おそらく、きっと。だけど、闇樹にそれを言うのは恥ずかしい。
なんか探りを入れたみたいで。というか、入れちゃった感じがするので。いや、探りになるのか。うん。だが、知りたかった。闇樹の過去にあったものをひとつでも多く。
だって、闇樹は聖縁の影。絶対に代替のない大切な影。いつもつき従ってくれる。夕は伸びて逢魔が時の危険から守り、夜は闇にまぎれてしっかり不穏から守ってくれる。
そんな優しい影のことを知りたかった。当然に。少なくとも聖縁にとっては普通。
「どうした? なんか心配事か?」
「……特に、なし。怪我、どう?」
「ん。葉の軟膏のお陰で痛みが少し和らいだ気がするよ。本当にありがとう、な?」
「恐悦至極」
うっすら頬を染めて闇樹は照れる。ああ、可愛い。どうして闇樹はこんなに可愛いんだよ。ホント、紅が闇樹を紹介しに来てくれて感謝だ。……紅本人には言わないけど。
言ったら延々と娘自慢を聞かされそう。きっと、紅も思っているのだろう。闇樹をあの時雪に埋めて殺さなくてよかったと。そうしたら、今の聖縁もなかった。ひととひと、繫がりあって輪を成す。その輪は時としてかけがえのないものをも呼ぶ。楓のように。
楓は幼い頃から戦闘狂の素質と忍の心なさで将来を見込まれて大切にされてきた。
なのに、不慮の事故で腕を失ったから、片腕だからとそれだけで捨てられた。役立たずは要らない。地に野に骨さらして死ね。欠陥不良品にはそれがお似合いだ。……どれほどに心刻まれたことか知れない。どんなに、悲しかったか。わからないくらい悲しい。
「聖縁様、本心、いやなら、これ」
「そうして逃げた先にはなにがあるのかな」
「……」
「死、だよね? だから、逃げないよ、俺」
「聖縁様、しかし」
「七年前、誓った通りさ。頑張るって」
そう、七年前の春に誓った。逝ってしまった父とそばにいて支えてくれる闇樹に誓っていた。もう逃げない。なんにだって挑戦する。そこから逃げたりしない。すべてを試練の代わりにして今と未来を生きていく為に努力する。今できる最大限の努力を、する。
怠ったことで起こる死を回避する以上に、人生に悔いを残したくない。少なくとも闇樹はそんな生き方しない。いつも聖縁の為に。どんな状況でも聖縁の為に。誰よりも聖縁の為。大切なひとの為に最善を尽くす。過程で必要な努力は血反吐を戻してでもやる。
それが覚悟を決める、ということだから。楓は隻腕という枷を抱えていても忍としての再起を決意した。闇樹も決めた。盲の身であっても忍として紅の役に立ちたくて。そして今は、聖縁ただひとりの役に立ちたくて尽力してくれる。並々ならぬ努力と、共に。
闇樹がいつ鍛練を行っているか知れないが、欠かさず毎日基本的なことはこなしていると思われる。だからこそ、自己研磨を怠らないからこそ楓は歳が九つも下の闇樹を尊敬の念をこめて思っている。妹、という以上に特忍という最上位の忍として敬っている。
……まあ、さすがに「闇樹様~ん」とかそういう心酔的なことはないが。じゃないと闇樹に「気持ち悪い」とか「不気味」、とザックリ切り捨てられるのはわかっている。
被虐趣味がないのでそうしたアレはない楓の戦闘狂はある意味、闇樹に構ってもらう口実なのかもしれず。アホやり続ける限り、世話の焼けるバカ兄貴、と思われるから。
本当に男というものは阿呆な生物だ。いろいろな意味あいで大好きな女の子の気を引こうとして仕掛けては呆れられてしまう。たまに、本当にたまに、駄犬っぽく扱われることもあるし。いつまで経っても自分の用足し場所を覚えない、とかいうバカさを見る。
そういう意味で女の子は要領がいい生き物だ、と思う。特に闇樹は強か、母性にも溢れていて、とっても可愛いのにどこか肝心な部分はすっぽり抜けて、でも冷徹な忍で。
それでも、それでもやっぱり聖縁にとっては忍である以上にたったひとり、代わりになるひとがいないコ。そんな女の子だから。だから、とても心配になる。いつか無茶を祟らせて倒れてしまわないかとか、そんな杞憂を、思ってしまうのはどうしようもない。
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