三三三ノ葉 そして、かぞくに
「残った腕で抱きしめても葉ちゃんはじっとしてされるがままで……。嬉しかった」
「そっか。葉、らしいな、それ」
「ん。で、俺が泣きやんだのを察して俺の右手、指先を遠慮気味に握って連れていってくれたのが母ちゃん、里の長、紅様の家だった。長の顔は緊急手術を行ってくれたあの時に見ていた筈なんだけど、なんだかはじめて見る感じがしたの、今でも覚えているよ」
「紅は、なんて?」
「ふふ。最初は難色だった。「葉ちゃん、そいつぁわんころじゃねえんだ。元いたとこに戻してきぃ」ってさ、んなこと本人いる前で言うかな、普通ってのが第一印象かな」
「あはは、でもそれも紅らしい」
「そう。明け透けなくからっとして男前な言動とアンタ妓女かよ? って格好と相反していてさ、すんげぇ格好いいって思ったの覚えてる。すげー、こんな女いるんだって」
この戦国で甘い香を焚いて衣に沁み込ませ、甘い香と甘い言葉で男を弄ぶ女もいる中で紅はかなり印象的で激烈な憧れの対象になったことだろう。粋で男らしくて女々しさの欠片もない。蟲が苦手だという欠点はあれど、あのひとならばお茶目な一面に変わる。
例え、それで天井掃除を十数回と日にやらされようと。凛々しさが可愛いになる。
紅ははじめ楓を家に迎えることに難色だったというがじゃあどうして迎えたんだ?
「葉ちゃんはなにも言わない。でも、俺の指を掴んで離さなかった。説得を代わってくれる気はないって知って俺はなんとか現状、家を追いだされていく当てもないことを訴えてなんでもするから俺を、欠陥品をどうか里に置いてほしいって頼んだ。その為なら」
その時、楓の表情に陰りが落ちた。自嘲の笑み。なんでも、は本当になんでもだったのだろう。他人と同じに忍をするにはそれなりにきつく厳しい更生指導が待っている。
わかって楓は土下座だろうとなんだろうとした。この里に置いてほしい。家を追われた上、里をも追われたくない、と必死だった。そして、その時はじめて闇樹が動いた。
「葉ちゃんは黙って俺の手を長に差しだした。なにかわからなかったけど、長はわかっていたみたいで、俺の手に触れて「あーあ、冷えちまってまあ、しゃあねえな」って」
すごく簡潔な闇樹の訴えに紅も折れた。そうして、楓は里に残してもらえたばかりか新しい家族として迎え入れてもらえた。その時、闇樹はうっすら微笑んでいたそうだ。
居場所がなかった、なくなってしまった者に新しく温かな居場所をつくれた。良。
それが闇樹の認識。それからだ。楓が闇樹らぶになったのは。最初はどう接していいかわからなかったらしいが、闇樹があわせてくれた。楓の更生指導にちょこちょこ顔をだしたり、他人よりも隻腕であるだけ劣ってしまう部分を鍛えるのに一役買ってくれた。
そのお陰もあり、闇樹に次ぐ里の二番手に返り咲けた。きっとひとりではなしえなかった。闇樹がいたから、彼女のお陰で今の楓があって。楓にとって闇樹は妹以上に恩人。だからなにかと気にかけて愛してしまう。鬱陶しがられてもついつい、やってしまう。
今回のこともそうだ。闇樹たってのお願いだったからこそ、生傷絶えない日々が続いても根気強くあの戦闘狂を説得してくれたのだ。聖縁の稽古をつけてくれるようにと。
果たしあいじゃない。稽古。普通の者が義弘に目通り願って鍛練を望もうとも義弘ならば、彼ならば斬り伏せて終わりにしただろう。「つまらんば」、とそう切り捨てて。
だから、聖縁は幸運どうこうではない待遇を与えてもらえている。楓のお陰、だ。
そして今も、過去にあったことを話してくれるのも聖縁が闇樹の主だから。他の者が訊いても答えてくれなかった筈。なのに、教えてくれた。闇樹を知りたい聖縁の為に。
「ありがとう、楓。ごめんね」
「いいよ。お役に立てたかな?」
「……うん。やっぱり、さ」
「ん?」
「葉はあったかいや」
「そうだよ。あのコは忍に向かないくらい心根がいい。でも、忍に生まれてそれを誇りに思っている。だから、敵には容赦ない。多分、俺が敵になっても躊躇わないと思う」
「え?」
「だってそうだろ? 若旦那はヒジリの長になる。そこと敵対するとこに属したら」
それはつまり、世界一大切な妹とも戦うことになるってことなのか? いや、でもだけどそんなの悲しすぎる。それに闇樹が容赦してくれないなんて。そんなことあるか?
「「忍に涙は要らない」。ずっと母ちゃんに言われてきた。だから、葉ちゃんも長の教えを胸に刻んでいる。俺以上に長、紅様に葉ちゃんは感謝してやや心酔しているから」
「楓」
「いいんよ。その時はその時で。今ここで息して喋って動いて戦って好きしているのはあの時、葉ちゃんが拾ってくれた命、もし葉ちゃんが消してくれるなら俺は本望だよ」
闇樹が拾ってくれた命がもしも闇樹に消されるのならば本望。それだけ言って楓は腰をあげて部屋をでていく。そして、その楓がでていってしばらく。闇樹がひょっこり。
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