三三二ノ葉 昔話


「葉ちゃんは里の鼻つまみ者でさ。俺も最初は見たこともない盲の赤子に反吐がでそうな気分だったよ。長の家に住み、長に直々稽古つけてもらえるって知ってからは特に」


 楓も闇樹を疎ましく思っていた。だってそう、楓は里でその当時最も優秀で。それは七年ほど前の夏に来たあのまだ幼い忍が教えてくれた。最優秀だったと。……だった。


 しかし、楓は故意か悪意かしれない偶然で左腕を失い、五体不満足になった。つまり忍としての商品価値を失わせられた。闇樹ほどでないにしろ腕なし、隻腕は充分な枷。


「でも、いざ自分が欠陥品になった時、思い知ったよ。里の連中の冷たい目がどれほどのものか。それまでは甘やかされて、もてはやされていただけに余計キたなぁ、アレ」


「楓は、楓も同じように見られるように?」


「葉ちゃんほどじゃないさ。でも、苦しかった。「役立たずは要らない!」って自分の家を身ひとつで追いだされて激痛を持つ腕を庇ってふらふら歩く。でも、誰も声をかけてくれない。まるで他人事、腫物の扱いで欠陥品になった俺を避ける。雨も降りだした」


 想像した。腕を失っただけでも、当人こそが一番辛かった筈なのに誰も慰めもしなければ近寄りもしない。親でさえも、血の繫がった者たちも楓を役立たず呼ばわりし、家から追いだした。いく当てもなくふらふら歩く。その時、降りだした雨はきっと楓の涙。


 要らないと言われた少年の悲痛に空が同情したのか。はたまた、凍えて死ぬ機会を与えてくれたのか。でも、ただ悲しかった。恵まれた聖縁と違う楓の悲しみが痛かった。


「そう。歩くうちに疲れちゃってさ、誰も家をつくっていない大樹に背を預けて座り込んだ。なにも考えられなかった。ただただ悲しくて。もう要らない。必要とされないんだ、って誰にもいていい、ここにいて、くれるだけでいいさえもないの突きつけられて」


「……」


「そんな時さ、冬の雨に打たれて衰弱死しようって思った時、温かいものが触れた」


 冷たい冬の凍雨に打たれてひと知れず衰弱してそのまま死んでしまおうとした楓に触れたぬくもり。想像だった。けど、間違っていないと思えた聖縁は微妙な心地。不慮の事故で不本意に欠陥品になった少年に触れたぬくもりはきっと世界一恵まれぬ忍の――。


「顔をあげた俺を下から覗き込むようにして頬に触っている小さな女の子がいた。翠の髪に閉ざされた、今生こんじょうで光を迎えることのない瞼が印象的な本当に、小さな、コ。口にこそださなくても長に寵愛されている盲目の欠陥品と呼ばれるそのコがそこにいたんだ」


 冷たい雨の中。向かいあった欠陥品たち。


 闇樹がなぜ楓に触れたのか知れないが、あの闇樹のことだ、里の噂にひとより敏感だったに違いない。頼れる五感のひとつがない、盲の身だ。聴く力は相当のものだろう。


 そして、里に闇樹ほどでないにしろ欠陥品がでたことを知っていた。ひとり雨ざらしになっている楓に触れる闇樹の心がわかるような気がする。同じで、明確に違うひと。


「葉ちゃんを見たのはその時がはじめてだった。雨で冷えた体にあのコのぬくもりが優しかったからかな? それとも、誰も近づかない俺に躊躇なく近づいて触れてくれたからかな? ホント今思いだしても恥ずかしかったけど……号泣しちゃったなぁ、あん時」


 それでも、突然泣きだした楓を闇樹は見えずも見守ってくれた、頬に触れて、添えた手で彼の涙を時折拭ってくれた、とつけ加えた楓は悲しそうに思い出を語ってくれた。


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