三三一ノ葉 楓の様子見
昼の刻。朝の稽古で負った打撲傷などに闇樹特製の軟膏を塗って自分に処置をしていると楓が部屋に顔を見せた。珍しいが珍しくもないのか? これがもしからかいなら。
楓のことだ。聖縁のはじめてとなる本格的な稽古の散々さを知ってからかいに来たのならばまだわかる。だって楓だし。……この認識も失礼かもしれん。でも、事実だし。
からかうことのできる対象がいれば誰彼なくおちょくってしまう、おちょくらずにはいられない。そういう性質だから。そういう御人なのだ。わかっているので聖縁は最初、むすっとした表情で彼を迎え入れた。が、楓の開口一番の言葉に少し意表を衝かれた。
「どぉーう? とっつぁんの稽古というか鍛練というかしごき。うまくやれそう?」
楓の口を衝いたのは心配。うまくやれそうか、うまくやれるか、との確認だった。
これには聖縁もついぽかんとした。てっきり覗き見してて「散々だったね?」だとかそういう嫌みを言われるものと思っていた。楓が気にして、気にかけてくれるなんて。
闇樹がなにか言ったのだろうか? いやでも闇樹には心配しないでほしい、と伝えている。だったら楓がわざわざ出向いて調子を訊ねてきたのはどうしたキモい心変わり?
「楓、頭打った? こう、鉄の砲台とかで」
「おい、どういうことさ」
「や、だって楓が俺のこと気にするなんて」
「妹の大事な主様だよ? それを俺が、兄貴が気にしちゃダメなわけ? なんで?」
最初の柔い態度が一変。怒気と殺気を孕んでむすっとしている楓はどことなくではあるが、闇樹に似ている。今朝の闇樹に。心が素直に態度にでている部分が、似ている。
「いや、ダメってことはないけど。今までのことを思うと、さ? なんかキモい?」
「ま、それもそうだね。はじめて会った時のこと思うとかなりの変化だもんなー?」
「うっ、この、まだそれを言うかっ!?」
「あははっ、それもひとつの思い出ってことで記憶の宝物庫にしまっておきなって」
はじめて会った時、闇樹を虐めていた時、責めて叱ってくれた。そして、闇樹のことを本当に大切にしているんだ、と思い知らされ、闇樹も楓を頼りにしていると知れた。
楓は以前、自分は闇樹の信頼に足りない。と、そう言っていたがそんなことはないと思う。闇樹は楓を信用している。でなければ、あの自他共に厳しいが凝固した彼女が元は他人でしかないのに「にい」なんて可愛らしく兄を呼んだりしない筈だ。そうすると。
「楓は葉のこと元々はどう思っていた? やっぱさ、欠陥品だって思っていたのか」
ふと気になったこと。そうだ。楓は元々赤の他人。なのに、今は闇樹の兄であり、信用されている。それは楓が闇樹を可愛がっていたからなのか、それともお義理なのか。
家族になってから変わったことなのか。それとも、元より闇樹という少女の、幼子の境遇を可哀想だと思っていたのか。わからなくなった。本当は、そんなことは知らなくていいことなのかもしれない。でも、一度知りたいと思ったらもう歯止めは利かなくて。
「……あは。ずいぶんとまあ、答えにくいことを堂々と訊くもんだねー、若旦那?」
「いけない? 自分の影を知りたいって思うのは悪いこと、楓? 葉は俺の一部だ」
「……。うん、そうだね。そう、だったね」
しばし、沈黙。で、楓はやがて肯定を返した。聖縁の言う通りだ、と。それから、そこからさらに沈黙を挟んで楓は答えてくれた。答えにくい、と言ったわりには淡々と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます