三二九ノ葉 ある意味、譲歩


 ……。なにがどうなったからこんなことになっちゃっってんだ。と思って聖縁が何気なく義弘に目をやるとなぜでしょう? あの巨大包丁を構えていらっしゃられるのは?


 誰か説明をくれ。じゃないと、心が死ぬ。や、それ以前に命が本当の意味で終了。


 ――やだー、まだ死にたくないぃ……っ!


「どげんしたと? 早ぁ構えんしゃい」


「いえ、あの。俺まだ自分の武器持ってません。葉が見繕ってきた刀を使ったくら」


「ぬぁにぃいいいい!? そん歳でか!?」


「余計なお世話です。どうせ平和で島津殿が思う以上に遅れてますよ、武芸なんて」


 本当に。余計なお世話です。この歳で自分だけの武器を持っていないというのは若干致命的な遅れっぷりかもしれないが、それでも今まで無縁だったのだ。しょうがない。


 そうして割り切っておかないと謎の罪悪感を抱えてしまう。しょうがない、しょうがない。聖縁が自己暗示していると、義弘が魂の抜けたような顔で巨大包丁をおろして頭を抱えているところだった。おそらく聖縁の遅れっぷりに若干衝撃を受けてしまわれた?


 まあ、おそらくというか、確実な話なんだけどね。ただしかし! しょうがないもんはどうしようもない。だからさっさと先へ進めてくれ。このまま嘆かれていても困る。


「もしかして島津殿、武器がな」


「武器だけがすべてじゃなか!」


「……。ああ、はい。じゃ、なにを?」


「そげんこつは……」


「? がぐっ!?」


 突然。義弘が踏み込み、聖縁の頬を抉る拳骨をお見舞いしてきた。それも顔の輪郭がどうにかなりそうなすさまじい衝撃で聖縁は修繕中の手前まで転がった。が、起きる。


 じんじりする痛み。口にどろり、と血がの味が満ちるのがわかった。かろうじて鼻の骨は無事っぽいが口の中は切れているのか先から口の中に血の味が充満中。いきなり?


「体で知り、覚えんしゃい!」


「……!」


 なるほどね、と聖縁は納得すると同時に構えを取った。構えてそして踏み込む。義弘の半歩手前で反転し、前転宙返りして彼の蹴りを躱し、さらに反転して背後にまわる。


 一流の武士の背後が無防備である筈はないと思っているが、聖縁と義弘では正面からやりあうにはいかんとも、しがたい体格差がある。なので、常套策として背後を取る。


 が、予想に違わず義弘はすぐさままわし蹴りを放ってきた。躱すには近すぎる位置にいたので聖縁は両手を重ねてやむなく防御を固める。なのに、防御した筈なのに、吹っ飛ばされた聖縁は鞠のように転がってやがて止まり、起きあがる。が、もう足腰ヤバい。


 ――強い……っ。これが、本物の武士。


 義弘という武人の本物っぷりを改めて、自身で体感した聖縁は口に溜まった血を吐きだして再び構えを取る。義弘は厳しい目で聖縁を見ているが、瞳の色には感心もある。


 聖縁くらいの歳でここまでされて折れなかった、心折れない者は珍しいようだ。普通の大人でもこれほど一方的なまでにやられてははらわた煮えくり返り悔し涙か、まともに立ち直れないものだが、聖縁はまったく折れる様子もなく構えを崩さない。強い意志と意地。


 強くならねばならないという意志が足腰を支え、一方的にやられるだけなんて癪だという意地が聖縁を奮い立たせている。構えさせている。これを見て義弘はにっと口角を吊りあげ、大変凶暴な笑みを見せた。肉食獣の中でも王位に押しあげられる強者の笑み。


「よか、よか! それでよかっ!」


「へへ、そう簡単に倒れませんって」


「ほいだらもう一段あげてくばい!」


「よっしゃ、一泡吹かせてやらあ!」


 そこから先は本気の殴りあい、というより正統拳術にちょい足しで応用が加わった武士の拳法と国内拳法と大陸拳法の併せ技での応酬となった。義弘が拳を振り抜く。あわせた聖縁の手のひらが義弘の拳に添えられ急襲。拳を下から捕まえて外向きで反転する。


 狙いは肘関節。筋肉や腱などの繊維は一定方向へ伸び縮む。だから、あらぬ向きへと捻られればこどもの力でも簡単に対する者を激痛に落とし込める。聖縁の空いた手が義弘の肘関節を捉えんとしたと同時に足払いがかかり、聖縁は体勢を崩す。が、負けない。


 義弘の捕まえたままの拳に全体重かけて踏み台代わりに蹴り、後方に逃れ、吐息。


 一手一手がこんなにも死に近い組手など聖縁は秋秀と影和の本組手で見て知っているくらいだ。自分が、なんて考えたこともなかったが、それ自体が甘い考えだったのだ。


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