三二八ノ葉 中らずと雖も遠からず


「楓、あの、つかぬこと訊くけど」


「ふも? あに? いふぃない」


「にい、お行儀悪い」


「んー。もぐもぐ、ごくん。で、なに?」


「いや、いつもこんな感じ? ここの朝餉」


「? ……。ああ、うん、そうだね。島津のとっつぁんが言うには朝こそしっかり」


 ああ、なるほど。朝こそしっかり食って一日を元気にすごそう! っていうか、一日頑張りましょうってことか。闇樹が言うように変な勘繰りはしてはいけないな、うん。


「まあ、ある種、冥途の土産な意味がないでもないけど。いつも朝餉のあとは死闘」


「あるぇー!? やっぱりぃ!?」


 いやな予感当たっちゃった。誰だよ、変な勘繰りダヨ☆ なんて言ったやつ。変じゃない、圧倒的な現実で冥途の土産なんだ。……マジか、マジか、マジですかぁああっ。


 いやな予感的中で悶える聖縁に楓は苦笑いを向ける。……。そんでもってしばらくしても言葉を撤回しないってことは本当なんだ。きっと、というか絶対。聖縁の目がくたばりまっくすになる。まだ死にたくないぞぉ、というのがありありと空気に溶けている。


 だが、とりあえず用意してもらったのだし、食べてはおこうと思い直し、聖縁も座に着いて闇樹の給仕で食事をはじめる。事前に鬼味は済ませていたのか、闇樹は特になにも言わないのでいつもよりもしっかりめに食べておく。まあ、このあと動くので適量で。


 吐くほど苛烈な鍛練、という線もあるし。あまり喉に詰まったり、引っかからないものを優先してぱくぱく食べる聖縁に楓がこっそりふくくくっ、と含んで笑っていらっしゃるようですが、後方頭上注意。義妹が頭蓋骨陥没を目論見、棍棒を振りあげているぞ?


 聖縁がつい目でご愁傷様を唱えたのを見て楓はそこでやっと自分の背後にある微々たる殺気に気づく。そろりと振り返ると今まさに棍棒を振りおろそうとしていた闇樹と顔が向かいあう。闇樹の唇はむっとしている。楓は引きつった顔。だが、ああ、世は無情。


 どガンっ! と広間に響くものすっごい殴打の音。聖縁を笑っていた楓が笑えない事態になっておられる。ぶたれた瞬間、その一瞬で意識がかっ飛んだ楓は膳の前にガシャン、と倒れたが、味噌汁の椀を倒して熱々の汁に飛びあがって背後に倒れ、悶えている。


 すごく憐れだ。どうして彼はこうも報われるとか無条件に大切にされるというのがないのですか? いつもいつも損ってかひどめの扱いを受けているので笑われてもさすがに可哀想になってくるぞ。いやまあ、自業自得と言われてしまえばそこまでなんだけど。


「がははっ、葉は見た目に反して苛烈ばい」


「うん。否定はしない」


「聖縁どんもされとーね?」


「まさか。そんなことになったら俺の頭は今頃多分正常に機能しなくなってますよ」


「ほいだら、楓どんだけばい?」


「ほぼ。楓がふざけたりするからだけど」


 義弘の疑問に簡単に答えて聖縁はご馳走様をする。義弘には「それで終わりか?」というような目を向けられた。が、これからなにが待っているかわからないのにどうして腹をいっぱいいっぱいにできる? 想像だけで吐く。いや、吐く絵が容易に想像できる。


 そんな辛い修行の上に嘔吐で苦しいのなんてまっぴらゴメンだ。義弘は不思議そうな顔だったが、すぐ聖縁の思考を察してそれ以上の反応はせず、自分もほどほどで合掌。


 揉めている、というか一方的に妹に叱られている楓に「先いくぞー?」と言って聖縁は義弘と共に広間をでる。義弘の案内で屋敷を進み、ややあり外へ。大きな吊り橋を渡り、海の見える方へ進んでいき、豪快な「鍛練ばい!」が書かれた看板の道場に入った。


 中はしん、と静かで聖縁は自分の呼吸の音や心音が異様に大きく聞こえてくるのがわかった。ドキドキしている。自覚して緊張している聖縁は深呼吸をひとつふたつふぅ。


「でかー……」


「ん? こんくらいなからな、間にあわんばい。修繕中の場所には注意しんしゃい」


 修繕中、と言われて聖縁が振り返るとところどころ床が陥没し、破砕されている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る