その朝がきて
三二七ノ葉 これ、これは……っ
「んー、いい朝だーい!」
「……」
「葉? もしかして拗ねているのか?」
「否!」
「……」
そこまで力強く否定されると肯定しているようなものじゃ、というのは指摘しないでおいた。結局、昨日の晩、聖縁が完全に熟睡したのはすぐだったわけだが闇樹は抱きついている聖縁を引っぺがすのにたいそう苦労したようで、朝からむすっと拗ねておいで。
布団で寝ないと風邪をひく。健康に害。そう、と思っている闇樹なので聖縁がなかなか放してくれなくて困ったのだ。そこへちょうど楓が顔を見せて助けてもらった、と言っていたけどあの苦々しい声からしてかなり笑われてしまった。で、余計に不機嫌さん。
むっすーとして、ぷりぷりしている闇樹。……か、可愛いっ。可愛いがあまりこれ以上刺激すると被害者がでそうなのでやめておく。楓辺りに八つ当たりしにいきそうだ。
けどもまっ、お陰ですっきり気分の方は実に清々しくて爽快そのものだ。今日が命日になってもいい程度には。昨日はすっかりしっかりがっつり甘えさせてもらえたから。
……命日、というのは言いすぎかしらん? 過酷なものが待っているのは必至だ。
島津義弘。昨日楓と熾烈な本組手をし、戦闘狂として音葉の問題児である楓をボロ雑巾にした。あの鬼のようなひとに稽古をつけてもらうのだから。よって、ちょいと特大の飴があったってぇいいだろうよ。なーんて思っちゃうが、闇樹はむしゅっとしている。
楓、兄だけでもう腹いっぱいなくらい面倒見なければならないのに主が突然世話がかかるようになったらそら、いらりもする。それはわかる。わかれどあの晩はなぜか、歯止めが利かなかった。それくらい闇樹に甘えたかったし、許してくれるなら、と思った。
――まあいいや。それはさておき。
「さぁて、なにからはじまるかな?」
ふっ、と世を儚んで笑っておいた。
そうせずにはいられない、という感じ。あの楓に勝るとも劣らぬ戦闘狂の鍛練。なにが待っているやら。怖くないやつがいたら見たい。あとついでに恐怖が訪れるまでにどれくらいかかるか、も見てみたい。きっと、本当に恐怖した時にはもう
聖縁の様子に闇樹は乾いた笑い。たしかに楓と義弘の戦闘狂ぶりは昨日苛烈に見せつけられたばかり。主人が世を儚んでしまうのはある意味しょうがないのかもしれない。
「お気をつけて、聖縁様」
「ちょ、え、縁起でもないな、それ」
「大丈夫。いざの際、我いる」
「うん。心強いけど、余計に怖い」
だって、それってつまり闇樹も義弘を危険視している、ということなのでしょ? かえって闇樹の力添えしますよ、という約束は精神に悪いような気がするのは気のせい?
どうしてでしょう、今日は昨日より涼しい筈なのにいやな汗が噴きでる? ああ、ヤダヤダ怖い怖い。ただし、でも自分で言いだしたのだしというのとやはりここいらでいっちょ本物の恐怖に自分から進んで当たっておくべきだ、というのは思っていたことだ。
闇樹のいざ、がどれくらいの基準で発揮されるかは超疑問。深く考えるのはやめようと思っている。だって、本当に間際も間際、瀕死の一歩手前で発揮されても手遅れ感がむっちゃあるし。あと、なんといっても今日の闇樹は不機嫌だ。それはそれは不機嫌だ。
なので、悪意なく、ではあるが、本当にギリギリを極めてきそうないや~な予感。
ま、思い詰めてもなんなので適当適度に緊張しておこうと思い、闇樹の案内で食事の席に向かった聖縁だが早速目がくたばってしまった。だってそこに用意されていたのはご馳走だったから。え? なんでご馳走で目が死ぬかって? それはアレです、これだ。
「葉、これが噂に聞く冥途の土産か?」
「めっ。変な勘繰り、しない」
「いや、だって朝からこの豪華さはないよ」
「……。元々かも」
微妙な間があったぞ、闇樹さん? と聖縁が思っていると義弘と楓がやってきてそれぞれ座に腰をおろした。ふたりはこの豪勢な、もう「宴でしょうか? どこかと戦して勝ってきた、とか?」というような朝餉にノーコメントで各々に合掌して食べはじめた。
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