三二六ノ葉 例えば、だけど
もしも、闇樹がこの夜空のナニカだとしたらなんだろう。優しい光で包み込んでくれる月であり、一瞬またたいては息ひそめる星でもある。忍という闇の中、闇樹は聖縁にとって明星であり、月光である。いつも道を指し示してくれる。迷える時、いつも……。
「なあ、葉?」
「?」
「俺がいつか死んで星になったらさ、風に還ったお前は俺を迎えに来てくれるか?」
それは、ふと思いついたこと。もし、人間、聖縁が死んで星になるとしたなら、大気に在る風に還る闇樹は聖縁のそばに舞い戻ってきてくれるだろうか? それとも――。
星神になれたなら、少しは闇樹のそばにいけるだろうに。そんな愚にもつかないことを考えてしまう。それくらい彼女がいつかたどる道が悲しい。絶対で、覆らない現実。
風の子に生まれた者は風に還る。風神の寵愛をいただく絶対条件。わかっている。
でも納得できない。悔しくて。悲しくて。虚しくて。自身の不足を嘆くばかりだ。
「……もし」
「ん?」
しばしの沈黙。闇樹は聖縁になにも答えないと思っていたから闇樹が口を利いてくれたことに驚いた。驚いて星空から闇樹に視線を移すと少女忍はうっすら微笑んでいた。
些細な悪戯風に呆気なく吹かれて散ってしまいそうな儚い花の笑みで彼女は言う。
「もし、我の我儘叶うなら、すべては聖縁様の為に。望まれる、なればどこまでも」
「それってもしかして来世でも?」
「ん。風神様、お頼みする。例え、なに失くし、なにひとつ持たずと。なにもかも空っぽであろうとも。我、
「あは、らしいけど、恥ずかし」
闇樹の率直な意見に、この上ない忠義で無条件に無限に聖縁を思ってくれる心の清さに聖縁は恥ずかしくなった。本当にこのコは恥ずかしいことを自覚せずに言う天才だ。
聖縁の恥ずかしい発言に闇樹ははて? 恥ずかしいことなど言っただろうか? という顔で首を傾げている。本当にこういうところが性質悪いというか、純朴というのか。
闇樹はなにも望まない。ただ聖縁のそば、かそれないし、影を望んでいる。それ以外のものはなにも、もはやなにひとつとして要らない。五感のすべてがなくなっても、五体満足でなくてもいい。彼女が望むのは大好きな主のそばに在ること。ただ、それだけ。
欲張りだ、と闇樹は自身を言うだろう。
そんなこと、全然ないのに。もっともっと欲張っていいのに。闇樹にもその権利があるのだし。なのに、闇樹ときたら聖縁のそばにいれる、在れるだけでいいなんて言う。
可愛い。可哀想なほどに可愛い願い。
「我、恥ずかしい?」
「ううん。俺の自慢だよ、葉は。ただ、葉があんまりにも可愛いこと言うから俺が恥ずかしくなっちゃったってだけさ。ふふー、こんなに思ってもらえるなんて俺、幸せだ」
「……我、などの思い、で?」
「なに言ってんだよ。お前に思ってほしくても思ってもらえない連中が何人いる?」
猿とか猿とか猿……。あとは、梵天丸改め政宗も怪しい。虎視眈々と静か~に闇樹を狙っていそうだ。噂によると、闇樹が拾ってきた噂話によると忍部隊のなんとかをつくったとか聞いているのでそいつらまるっと全員と闇樹交換しろ? とか平然と言いそう。
俺様な素質を七年前、すでに発揮していたわけだし。それが進化(?)したらどんだけ唯我独尊になるやらだ。が、闇樹に短い間でも躾けられているし、闇樹に嫌われる真似はしないだろうから猫かぶりそうだ。闇樹の前でだけおとなしく、聖縁には舌をだす。
うん。どうしてでしょう? 想像しただけでぶん殴りたくなったぞ? なんて聖縁が思っている間も闇樹は彫像のように動かない。じっと主が身を預ける枕に徹している。
これがまた、そういうことを誇らしく思っているから困りものなんだよな~、と思う聖縁である。闇樹に言っても通じないし、伝わらないだろうことも重々わかっている。
「……そろそろ、休む方、吉」
「んお? そぉーだなー」
「是。……。……聖縁様」
「ん? なに?」
「布団、敷けない」
「そっかぁ」
「あの」
「このまま寝ちゃいたいくらい葉の膝が気持ちいいのが悪いんだよ。罪なもち肌め」
「しょ、しょしょ聖縁様っ!?」
お、慌てているぞ、珍しく。とか思いながら聖縁は闇樹の腰に腕をまわしてぎゅーっと抱きしめる。頭の上で闇樹があたふたしようとお構いなし。彼女の腹に顔を埋める。
今はまだ甘えていられる。いつかヒジリの当主となったならそれはできなくなりはしないだろうが確実に機会は減る。だったら、と今のうちに堪能しておこう、と思った。
どうせ、明日から島津義弘による本稽古という名の地獄がはじまるしね。少し過剰に甘えても許される。そう勝手に結論づけた聖縁は闇樹ぎゅー、をやめない。闇樹は困った様子だが、仕方ないと思い、主が眠るまで髪を梳いて夜風に当たり、待ったのだった。
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