漆ノ樹 サツマ
体当たり、かな?
三一五ノ葉 ある意味、博打
はじめて会ったあの日が遠い昔のことのように感じられるのは、わたしの感傷なのだろうか? それとも今、あの頃とは別人のように立派になられている主を誇らしく思っているのか。よく、わからない。わたし自身のことだというのに。なんというアホ臭さ。
バカみたいだ。忍として、そんなくだらないものは捨てて生きてきたというのに。
なのに、こんなふう思ってしまうのはどうしてだ。聖縁様のお陰なのかそれとも?
あのひとのせい、じゃない。お陰。少しでもわたしに人間らしさを求めてくれる優しく温かく、甘っちょろいことを言う時もあるけれど憎めない。誇らしい、わたしの主。
わたしなどに、忍であるわたしなどに人間にするように接してくれる主人はだが、今まで本当の強者と出会ったことがない。それを致命的だと思ったのは楓も同じだった。
だからこそ、彼の有名な御人に目通り叶えんとして尽力してくれたのだ。
でも、いいの。戦のことに通ずること武士に訊け、とはよく言ったものだ。今までその機会がなかったのもある意味でだけ誇れることだ。荒事に手を染めず在ってくれた。
そのことが、清く在ることが嬉しい。
その代わりの血をわたしがかぶろうとどうでもいいことだ。だって、それが忍として生まれたわたしの存在意義。戦闘に参じることは、聖縁様の為に戦うことは、わたしの数少ない取柄で特権ですらある。出来損ない、と言われ続けたこの身に余る光栄だから。
けれど、だからこそ、もしもがあってからでは遅いから。今のうちに、わたしがまだこの世に存在していられるうちに我が心に安堵をひとつでも置いておきたいと思った。
ある意味、今回のは博打の要素がないわけではないけれど器の、度量のほどをはかるいい機会だからこそわたしも乗った。楓がどう思ってこの提案をしてきたのか知れぬ。
でも、楓もなんだかんだで面倒見がいいやつだから聖縁様のことを欠片ぽっちほど気にしているのかもしれないが、あの剽軽者の真意が知れたことは今までにない。つい、うっかり撲殺してしまいそうになるくらい、したくなるくらいふざける。ふざけまくる。
ただ、今回ばかりは感謝しなければ。あの御方、戦国にもうひとり在り、とされる武神たる島津の義弘様にお会いできるというのだから。普通ならば土台無理な交渉だし。
それでなくても根なし草の楓。おふざけ大好きな楓なのでどんな交渉をどんな形で終えて「おいで」したのか不可解。不明点を訊こうかとも思ったが、もしもの事態も経験ということで。聖縁様には悪いがぶっつけ、まさに体当たりで向かってもらおうと思う。
いざとなったら、わたしも楓もいる。いや、楓は数に入れない方がいいだろうか。
あのアレはいつ何時暴走街道まっしぐらするか知れぬ。もし、そうなったら困る。
わたしの仕事が増える。いい加減にしてほしい。何度そう願ったことか……。でも、楓にも一応、恩がある。あの日から家族になった楓。同じ者同士になったからか、それとも元から思うところがあったからか、いつも庇ってくれた。嬉しかった。だから――。
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