三一四ノ葉 勝敗と次を考えて
闇樹の合図でふたり同時に飛びだす。筋肉がついた分鈍重になった元親の懐に先んじた聖縁が飛び込んでまわし蹴りを繰りだすが、元親は易々と聖縁の足を捕まえて遠投。が、そんなことくらいで怯むわけない聖縁は笑顔のまま間合いをはかるように横へ歩く。
元親も油断なく聖縁を見ながら横へ足を進める。ふたりの円は乱れることなく真ん丸を描いていく。それを崩したのは元親。横移動から一気に加速。砂を蹴立てて聖縁に突っ込む。先の聖縁の突撃など比べようもない迫力はまさしく闘牛。が、聖縁は逃げない。
元親が訝しむも、聖縁の不敵な笑みは消えない。楽しそうに元親を見つめ、少年がある一点を踏んだ瞬間、聖縁も飛びだす。元親は虚を衝かれた様子だった。だが、拳骨を固めて打ちだす。聖縁はだが、元親に鉄拳にあわせるようにそっと手を差しだしてきた。
一瞬だった。聖縁の手のひらが元親の拳の下に添えるように差しだされてのち、一瞬で元親は宙を舞った。なにが起こったのかわからないまま元親は背から砂浜に落ちる。
そして、瞠目する間もなく目の前に踵が飛び込んできた。が、それは寸止めされ、元親の顔を打つことはなかった。元親はなにが起こったのかわからない意味不明な状態。
まばたきを繰り返す少年に組手の相手役を務めた少年が手を差しだしてやる。元親は意味不明のままながら掴まって起きあがった。困惑する元親に聖縁は絡繰り、というほどでもなかったが、仕掛けを教えてやることにした。特別に。放置は可哀想だと思って。
「柔は剛を制す、って言えばわかる?」
「あ。……あー、もう、やっちゃったぁ」
本当に、簡単。元親が己の腕力で聖縁を叩きのめそうとしたのに対して聖縁は柔術で対応したのだ。元親の攻撃、これの勢いをそのままに力の向きを少し変えて投げ飛ばした、と。闇樹が用意してくれた本にほんの少し記載があったのを思いだし、元親は唸る。
悔しそうにする少年が審判役の少女を見ると、こくりとひとつ頷き、あなたの負けだと教えてくれた。わざに宣言しないのはせめてもの優しさ、というやつなのだろうか?
元親は完敗だな、と思ったので頭をさげてお礼をし、顔をあげた。のだが、そこにもうふたりは、ヒジリの主従はいなかった。代わりに遠くで鷹が鳴く声が聞こえてくる。
挨拶もなく去っていってしまった友に元親は狡いな、と思う一方でこれでよかったと思えた。挨拶などしては未練が残ってずるずると、時間を割かせそうな気がしたのだ。
遠く青い空。彼方の果てまで広がる青い海。どちらも透明なものがつくっている。
元親にとって聖縁たち主従はそれらに等しい存在だった。どこまでも透明で清くってそれでいて大きい。自分よりも小さいコたちなのに大海原で大空のような主従である。
すべてを優しく包み込む度量と志の高さはこれからも目標にするに相応しい。だから元親は大きく手を振って見えぬ友を見送った。そして、次こそは倒してやる、と気持ちを新たに闇樹がお土産に、とくれた本を読み、鍛練するのに城へ戻っていったのだった。
トサ、富嶽の長曾我部元親が有名な武将になるのはもう少し先の、未来の、お話。
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