決断せよ、決闘のそれを
三一二ノ葉 決めるのは任せる
かなり渋々だったが、案内いいよ、をもらった聖縁は拳を突きだして嬉しそうに跳ねている。やったぜ! というのが行動と顔にでている。とても、無垢な姿だ。これで弥三郎の数倍強度の鍛練を数倍量こなしているのだ、というのだから恐ろしい。正直怖い。
ふたりは汗臭いので観光もなんだから、という闇樹の指示で簡単に体の汗を拭き、汗が完全に噴かなくなるまで待ってから城をでてまずは最初に出会ったところに向かう。
「アカエイのバーカ!」
「しょ、聖縁ってば……」
「だってよ、拷問獄門だったぜ?」
「や、それはそうだろうけど、さ」
「だからいいの。バッカバーカ!」
聖縁のこども臭さに弥三郎は苦笑い。鍛練中の精悍な様がころっと変わってアホガキな様が丸だしである。海に向かって、海にいるアカエイに悪態をつく、だなんて……。
それからふたりはちょうど朝餉が終わったシヅばっちゃのところを訪ねた。で、先客がいて薬を煎じているところでした。できあがったものをばっちゃは一気飲み。味の余韻にひたっている。……普通、薬の余韻を楽しむひといないけど、闇樹の薬だ。当然か。
健康の為に、と言って飲まされるのもひどい味のものは少ない。むしろご褒美だったりする場合だって多い。なので、シヅばっちゃの反応は妥当そのものといったふうだ。
と、思いつつ聖縁は若い頃の祖父を知っている様子だったばっちゃに自分の知らない祖父を訊ねて「へー」とか「マジ!?」などと思ったりして一番海に近い集落の観光を楽しむ。そのあと、弥三郎は少し足を伸ばしてトサの貴重な森林に連れていってくれた。
まわりが海、ということもあり、緑が茂っている場所は限られている。地面もほぼ砂なので植物も変わったものが多い。聖縁は大喜びで闇樹にあれこれ訊きまくっている。
「いつか船の操舵ができるようになったらヒジリまで遊びに来なよ。いろいろ教えてやるから。こっちの植物形態はここらのものと全然違うし、結構見どころも多いんだぜ」
「そうなんだ。うん。そうだね。もっと精進して立派に普通の若になれたらきっと父上も僕に船の舵を触らせて、握らせてくれると思う。練習、いっぱいして遊びにいくよ」
「そうこなくっちゃ!」
そうしてこどもふたり盛りあがりながら帰路についていった。鍛練と観光でこの日は潰れたがかなり有意義な一日だったと聖縁は思っている。特に弥三郎の目標が聞けた。
ふたりして城にただいま~、をしてからは弥三郎の部屋で読書。自分の興味分野と課題分野両方に没頭して勉強に励んだ。読書が済んだら風呂に入り、食事をして、寝る。
実に健康的な生活を送ること数日。その頃になり、ようやく、いや、予想以上に早く弥三郎の肉体にものすっごく驚くほどに、異変? ってくらい変化が現われはじめた。
体が全体的に分厚くなり、鎧のような筋肉が全身につき、まさしく「男」という体型になっていったのだ。そのせい、お陰で? 着物が全滅。数着新調することになった。
弥三郎はびっくりして暇があれば自分の体を触って聖縁に「惚れ惚れかーい?」とからかわれたし、国親は息子のびっくり前後に口あんぐりしかかったがすぐ着物を仕立てるように手配し、祝福を送ってくれたと、同時に聖縁と闇樹のヒジリ主従に大感謝した。
「うわー、ふわぁー……」
「ほらな? 人間その気があればいくらでも変われるだろ? よかったな、弥三郎」
「信じられない。こんな短期間でこんなになるなんて夢みたい。うわー、ムキムキ」
ムキムキ、と言いながら弥三郎は胸筋をぺしぺし叩いてみる。するとパンパン、と硬い音が返ってくる。まるで、完熟果物だ、と弥三郎は変な比喩。完熟果物はもう、皮がはち切れんばかりに果肉がパンパンに詰まっているのだ。それと、なんとなく似ている。
弥三郎が自分調べに忙しいのを横目に微笑ましく見て聖縁はそろそろか? と思っていたのでそれを提案する。唐突、急に。弥三郎にしたら寝耳に水も同然に。いきなり。
「よーし、じゃあ、そろそろ本番いくか?」
「え?」
「組手だよ。種目? ってかなにで勝負するかは弥三郎の判断に任せるよ。明日な」
「ええ!? そ、そんな急に言われても」
「バカ。戦はもっと急にやってくるもんだっての。これくらいで狼狽えるな。これまで習ったことひっくるめてその中で一番自信が持てるので来い。明日正午。あの砂浜で」
弥三郎へ一方的に言うだけ言って聖縁は国親に挨拶をしてお世話になりましたと感謝して城を去っていった。おそらく浜辺の誰かの家に泊めてもらうのだろうが急すぎる。
弥三郎はこの時から不穏、というほどのものではないがいやな予感を覚えていた。せっかくできた友達、聖縁がこの国から去ってしまうかのような、そんな、予感を――。
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