くのいちだって物思う
三〇七ノ葉 くのいちの心配
それこそ、一生勉強させられそうなくらいこれでもか、これもどうぞしてくる。でもそんな人生もいいかもしれない。一生勉強に、鍛練、政に追われつつ、戦の影がちらついても平穏を保つだけの力があれば、戦の手法より知識の方こそ伝承されるべきだから。
こんな怪我にはこれが効く。こういう症状がある時は無理しないで養生するべき。とかそういうのだ。戦の知識よりも、民が安心して息ができる生活に関わる知識を。それが聖縁の学習で最も重きを置く場所だから。戦なんてなくなればいい。戦いなんて――。
そうすれば闇樹ももっと平穏な暮らしが、罵詈雑言を浴びない生活ができたかもしれないのに。大事な闇樹。大好きな闇樹。どうすれば彼女が幸せに。そればかり考える。
「聖縁様? どこかお加減悪い?」
「いや、ちょっと、ね。考え事だよ」
「……そう。よかった。足、どう?」
「ん? ああ、まだちと痛みはするけど動くのに支障ないよ。どうして訊くんだ?」
そう。どうして訊くのか。闇樹の特別な風の調査隊が調べて知っている筈なのだ。聖縁の動きに不備がないこと。弥三郎との組手も簡単に相手をしてやれるくらいだって。
だが、闇樹は意外なほど当たり前のことを言った。それこそ意表を衝かれるほど。
「痛みの程度、当人しか知れぬ」
「……そっか。大丈夫だよ。ありがとうな」
「否。我の、せい。不準備だった」
「コラ。背負い込むな。葉のせいじゃない」
「でも」
「でももしかしもない。そう、自分悪いして抱え込みすぎるのはお前の悪癖だ、葉」
「……。……多罪」
なんでもかんでも背負い込む。そうして、抱え込んで潰れていく。塞ぎ込み、落ち込みこそしないが、心の中で自己嫌悪が膨らみ、どうしようもないことになってしまう。
それが闇樹の悪いところ。唯一の悪癖。
聖縁を一に思うあまり自分を責める。完璧でなく生まれたが為。完璧を求めてでもできなくて落ち込む。視覚情報をえられないことが闇樹を苦しめている。わかってはいてもなにもできない。だって、聖縁は闇樹じゃない。彼女の本当の苦しみは理解できない。
闇樹が先ほど言ったのと同じ。痛みの程度がひとそれぞれ感じ方も違うのと同じ。
同じ見えない、盲目でも幸せなひととそうでないひとがいる。闇樹が不幸せだったかは彼女にしかわからない。でも、聖縁は闇樹の生を、今までの生き方を憐れに思った。
きっと闇樹はそう思っていない。それがなおさら悲しかった。悪罵を浴びるのに慣れすぎて他人の悪意を正しく認識できなくなってしまっている。そして、自己肯定をし損ねているのが可哀想でならない。自分は悪罵を受けるに値する欠陥品。そう思っている。
そんな筈ない。闇樹は闇樹で闇樹のままで在っていい筈だ。なのに、それをまわりも闇樹も許さない。音葉里の忍たちは紅と楓を除いて闇樹を同類と見ず。忍でもなくひとでもない役立たずの欠陥品。生きているだけ恥をさらすだけの道具。そういう残酷な目。
そして、最も悲しいのは闇樹がその認識を受け入れていることに尽きる。違う。自分はきちんと戦果をあげてお前らより高き位をもらっている。と言わないし、思わない。
上忍である楓が自らの位を誇らしく思っているのに、妹の闇樹は特忍という最高の位を誇り切れない。「自分なんて……」と、自虐的に思っている。どうしても敵わない。
健常者に敵わない部分があるから。だから自分に価値を見いだせない。とても、とても悲しいこと。なのに、やっぱり闇樹は自分よりも聖縁を優先するし、立ててくれる。
聖縁は、聖縁だって闇樹を立派な一人前の忍として立ててやりたい。なのに、闇樹は自虐して、自傷してしまい、けっして、絶対に受け入れてくれない。あの日、初見に影和とはじめて組手をした時に闇樹が言っていた言葉がいやになるくらい心を抉ってくる。
彼女は影和に熟した時が怖いと言わしめたというのに「熟期、来ない」と言った。自分に熟する時は来ない。一生、来ない。思いだすだけで悲しくなってくる。もうとっくに熟していると言っても過言でない闇樹なのに、まだまだ全然だ、と思っている憐れさ。
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