三〇六ノ葉 涼んでいるだけ~
聖縁はつい苦笑してしまう。弥三郎が羨ましく思えて仕方がない自分がいるので。
もしも、聖命が今、生きていて、聖縁の成長を喜んでくれていたとしたら……そんなつまらない、ありえないことを考えてしまう自分がアホバカ臭い。もう、父はいない。
わかっている。わかっているのに整理がつかないのかもしれない。聖命の死は突然すぎた。直前に会っていたのに数刻後にはもう冷たくなり、二度と動かなくなっていた。
「聖縁? そんなところでどうしたの?」
「うん。ちょっと風に当たりたくなったの」
「?」
風に当たりたくなったって……わざわざ出入口までいかなくても窓全開で稽古しているのに、と思っているのが弥三郎の顔にでているが、聖縁はそれ以上言わない。そして、闇樹はきっと察してくれている。いつもいつも、先まわりで気遣ってくれるコだから。
ふう、とため息がでる。情けない、と思うと同時にやはり淋しくなった。聖縁は母ともまともに触れあった記憶がないので余計かも。聖縁の記憶に母の影はほとんどない。
うんと小さい時には聖天城にいて、よく日天丸を抱っこしてくれていたらしいが、聖命が世継ぎをつくるのにあまり丈夫でないのを理由に実家に戻らされたと聞いていた。
それがどちらの家の意向だったのかは知らない。訊かなかったし、訊いていいものか迷った。母の出戻りを探るような真似をするのはちょっと不躾だよな、と思ったのだ。
でも、もし、母だけでもいてくれたら日天丸の、聖縁の成長をどう思ってくれただろうか。喜んでくれたら、嬉しい。きっと聖命、夫の病弱を受け継がなかった時点で喜ばしく思ってくれただろう。が、それ以上に強くなったことを誉に思ってくれたら嬉しい。
だって、そう。もう聖縁と血の繫がりがあってまだこの先々でも成長を喜んでくれるひとなど母だけだ。祖父も成長を嬉しく思ってくれるだろうが、それでも寿命がある。
体調も思わしくない祖父をヒジリに残してきたが、元気でやっているだろうか? とふとそんなことを考えたが、考えたからとどうにかなるでもなし。今は目の前の課題だ。
「聖縁、じゃ、僕、読書に戻るね」
「お? ああ、頑張れ。いっぱい勉強して国親殿の度肝抜いて参ったってさせろよ」
「くすっ。うん、そうだね。聖縁はまだ鍛練が残っているでしょ? 夕餉は一緒?」
「ん、どっちでもいいぜ? 腹減ったようだったら先食ったっていい。気にすんな」
「そう? じゃあ、聖縁も無理しないでね」
「応。お互い、適度に頑張ろうぜ」
それだけ言葉を交わして弥三郎は武道場をでていった。闇樹が用意してくれた課題著書をできるところまで読む気でいる様子。ま、怠けたら制裁がくだされるんだけどね。
だが、国親が不思議に思うのもわかるくらいもうすでに弥三郎は変わった。それがなにの影響なのかは知れない。聖縁の言葉がきっかけか、それともいい本との出会いか、鍛練の楽しさを知った為か。はたまた、闇樹がちょうどいい塩梅に導いてくれるからか。
そう、聖縁を、日天丸を導いてくれたのと同じで。彼女には一生頭があがらない。
それくらい、彼女の影響力はすさまじい。いろいろなことを学ぶにしろ目から鱗。
予想だにしない方向から攻めてくるので本での勉強ひとつとっても予測しにくい。そろそろ読み尽くした? と思っていた種類の本に異を唱える本を追加したりするので。
そんでもって、それがまた面白いから厄介なんだよなー。と、聖縁はひとりくすくす笑う。まあ、闇樹なのでつまらない上に
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