四ノ葉 提案と脅迫


 ただ、日天丸も詳しく聞いたことはない。その話題になると影和はとても不機嫌になってしまう。影和はそんなことないと言い張るが、不機嫌さを隠せていない。比較ではないが、普段、日天丸を叱る時より異常に恐ろしい鬼のような面になっている、という。


 そんな話を城の兵たちがしているのを立ち聞きしたことがある。彼らは家族の話をしていたらしいが、影和は例にあったような鬼面でさっさと歩き去ってしまったそうだ。


 だから、兵士たちも、日天丸も影和に家族の話をしない。そいつは、影和の琴線。


 触れてはいけないことであり、傷だから。


 家族がいるのになぜいがみあって憎んでいるのかまだ幼い日天丸にはわからない。


 よく、わからない。なぜ、どんな理由から嫌うというのか、ちんぷんかんぷんだ。


 家族は絶対の味方。なにがあっても味方をしてくれる、と日天丸は思っているし。


「ここまで終わったらちょうどよい時間になります。先生を待って武のお稽古にい」


「えー……ヤ」


「あ?」


「いえ、なんでも、ないデス」


 日天丸がおやつを食べて茶を飲み終わったのを見計らって影和が口を開く。この様子だと日天丸がなにを考えていたのかはバレていない。別にどうかはしないが、彼の気持ちが悪くなるのはなんとなく悪い気がする。口うるさいが、面倒見のいい影和は優しい。


 怒られるのはいやだが、怒っている影和はあまりお近づきになりたくないが、怒っていない影和は好きだ。それこそ、城にある噂のよう本当の兄のように彼を慕っていた。


 日天丸はふと、いつもの癖で影和を観察してみる。結が淹れてくれた茶にも手をつけていない彼は戦国の武将――若いが副将と思えないくらい綺麗な整った顔をしている。


 長めの黒髪を後頭部に撫でつけていてどことなく威圧的な雰囲気を放っているし、目つきも鋭くて肉食の獣みたい。加えて口を開くと八割方お説教の言が飛びだしていく。


 が、綺麗な鼻筋や薄い唇など顔をつくっている部品はこの聖天城では一、二を争う美しさであり、他国でよく話題にあがる粗暴な将と比べ、かなり美形で近隣で変に有名。


 日天丸は自分の顔、朝に洗顔する時うつるその造形を思いだしてふっと思考した。


 焦げ茶の髪に黒い瞳。男、になるにはまだあどけなさすぎる容貌。真ん丸の瞳がいつか影和のように男らしく、戦国の将に相応しい目つきになれるのか、甚だ疑問である。


「俺、鍛練苦手だ。痛いもん」


「いつか出陣る戦場では痛い、ですみません。そのような根性ではなりません。武芸稽古は今日が今月ははじめてでしたね。幻滅されぬよう先生が来るまで影和と準備運動」


「あ、そんなもん結構で」


「……なんです、って?」


「あ、いえ。あの、よろしくお願いします」


 瞬殺というか一瞬もなくで敗北した日天丸は影和の言葉の脅しに負けて彼に頭をぺこりとさげる。負けまくりの日天丸。歳の差のせい、というのもあると思う。影和が正論ばかりというのもそうだが、以上に歳が離れているのが原因で上手な間で脅しが襲来す。


 反論させない絶妙の間を彼は心得ている。


 相手が絶対に反論できない間で脅しを吐くので必要以上にびびってしまい、以降も反抗と反論を封じる。影和はそういう手管というのがとても上手だ。いやになるくらい。


 なので、この日も日天丸は影和に反論できないまま、茶の最後の一滴をごくり。武芸を習う為、城に隣接されている道場の方へ移動していった。後ろには影和の姿がある。


 それは、いつものこと。崩れない常だと思っていたので、日天丸は驚くことになる。今現在の「当たり前」が崩れて当たり前がやってくることを彼はまだ知らない。


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