第10話 最上の宝

「どうすんだよ、ギー」


 雑音混じりの音声は、明らかに呆れている。


「もうすぐ半年だ」


 小さな店の奥の一室。作業台の上には、通話音声を流す球体が転がっていた。


「お前と同じ夜にやってきた新成人達は、もう皆エスリに帰還してる」

「知ってるよ」

「一番にパスしてやるって意気込んでいたやつは誰だ?」

「俺だよ」

「……ターゲットを変更するか?」


 その問に、ギーの表情が強張った。しかし返答は迷わない。


「しない」


――変更なんて、するもんか。絶対しない。絶対に……千夜には恋に堕ちてもらう。俺に惚れてもらう


 表面上の目的は当初から変わらないはずなのに、いつの間にか真の目的は大きく軌道を変えていた。

 千夜を自分に恋させるのは、試験をパスするためではない。


――俺の想いを遂げるためだ


 その後どうするのかは、考えても答えは出ない。

住む星が違う二人が恋人になったとして、あまり幸せな未来は思い描けないかも知れない。

 そんな予感がしても、それでもギーは、知ってしまった感情を消すことはできなかった。


「なあ……人の感情って、面倒なんだな」

「だから最初に忠告したじゃないか」

「あの子の心を、手に入れたい」

「……ギー、お前は自分から想いを打ち明けた経験はあるのか?」


 思考を過去に飛ばし、これまでの恋愛遍歴を振り返ってみる。思えばどの恋も、全て相手側からのアプローチから始まり、いつでも受け身だった気がする。


「待ってるだけじゃ、動かないものもこの世にはあるんだ」


 光る球体から聞こえてくるのは、大人の声だった。


「結構行動したとは、思うんだけどな」


 言い訳はいくらでも思い浮かぶ。


「言葉は使った? 肝心の、最も大切な言葉を口にしたのか? 言葉ってのは、人類にとって最上の宝の一つだ」 


 恋を病にたとえることは、エスリでも地球でも同じだった。正に今、ギーは終わりの見えない心の熱病に冒され続けている。


「好きだ」


 本人の前で言葉にしたい。でもなぜか出来ない。


「大好きなんだ」


 真っ直ぐに愛を伝える声も、ひたむきな眼差しも。今のところ全てチョコレートに向けられたものだったが、思い出しただけで全身が熱くなる。自分のものにしたかった。


「千夜。俺を好きになってよ」


 二月上旬の夜。球体から発生するぼんやりした白い光が、ギーの涙を映し出していた。

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