第3話 願い事

「千夜! 今流れた!」

「本当だ」

「あ! また!」

「よく見えるね」

「あそこ! また!」

「やけに多くない?」


 姉妹は肩を並べ、天体ショーを楽しんだ。美紀は缶ビールを片手に、千夜はチョコレートを片手に。姉妹それぞれの好物だった。


 千夜は個包装のチョコレートを一粒、包み紙から取り出した。唇に近づけると、甘い香りが鼻腔をくすぐる。


――口の中に放り込むこの瞬間、たまらないなぁ


 口内で消えて失くなってしまうまで、ほんの数秒だ。千夜は口に入れる直前、味と口当たりを夢想しながら香りを楽しむこの瞬間が、たまらなく好きだった。


 目を瞑って香りを堪能する。そして小さなその一粒を、ゆっくりと口の中に封じ込めた。

 瞬時に蕩けて、その瞬間広がる甘さの交響曲シンフォニー


「はぁ……幸せ。好きだぁ……」


 そう呟いた瞬間、千夜はハッとした。


――この気持ち!


 無尽蔵に心の奥深くから湧き出てくる、この熱い想い。


「私にも、あるじゃない」

「え? 何か言った?」


――これだ! これがきっとそうなんだ


「私にも、絶対的な大好きの感情がある」

「何の話?」

「私、チョコレートが大好き。愛してる」

「知ってるよ。あんたチョコには目がないよね」


 この時。一際長く大きく光る一筋が、夜空を通過しようとしていたのだが、千夜と美紀はお互いを見ていたので、その光を見逃した。


「チョコと同じくらい、誰かを好きになってみたいっ!」


 千夜は叫んでいた。その瞬間、長く尾を伸ばした一筋が、空の上でキラリと瞬いた。しかしこの光景もまた、姉妹は見ていなかったのだ。

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