第2話 流星群の夜

「最後まで彼のこと、好きじゃなかったってことね」

「そうだよ。そういうことだよ」

「でももったいないねー。結構イケメンだったし」

「後の祭りだよ」

「本当にあっさりしてるね」

「どうせ薄情者ですから」


 姉と二人、ベランダに出て夜空を見上げていた。

今夜は流星群が流れるのだ。元彼と一緒に観測する約束をしていた。もちろんそんな予定は、消滅してしまったが。


「まぁ結果オーライでしょ。初キスを好きでもない相手に捧げずに済んだんだから」


 六歳上の姉の美紀みきは、妹の肩を叩いて陽気に笑っている。


「お姉ちゃんは誰とだった? ファーストキス」

「まーくんだよ。えっとね……五、いや、七人前の彼氏か。初彼だったよ」

「え。まーくんが初彼? 三人目じゃないの? それに七人前じゃなくて、十人くらい前だったよね」

「そうだっけ? うん、でも少なくとも二人はノーカンだから」

「……」


 呆れてしまって、もはやため息すら出ない。


「私がまともに恋愛できないのって、お姉ちゃんのせいでもあると思う」

「えー?」


 ケラケラと笑う姉の様子に、酒が回ってきたなと千夜は察した。既に美紀の足元には、ビールの空き缶が数本転がっていた。


 美紀は酒好きだった。そして同じくらいに、恋愛も大好きだった。

 酒については、未成年の千夜には未知の世界だったが、少なくとも恋愛については、この姉妹は全く違う見解を持っている。


 美紀は惚れっぽい。

好きな人が出来たと思ったら、すぐに恋人関係になっている。その恋愛は毎回盛大に盛り上がり、冷めるのも早かった。

そして直近の(本人曰く)において、彼女は両親の反対を押し切って駆け落ちし、居場所を突き止められる前に結婚してしまった。しかし先月、ちょうど千夜が告白されたその日に、出戻ってきた。千夜が数カ月ぶりに姉と再会した時、最初に報告されたことは、彼女が既に離婚済みであるということだった。


 一方の千夜は、姉の激烈な恋愛の繰り返しを、間近で見て来た反動だろうか。恋愛に憧れを抱こうとしなかった。

 好き同士が恋人になれたとしても、遅かれ早かれ別れが訪れるのだ。

 容姿が好き、性格が好き、優しくしてもらって嬉しい。そういう感情が分からない訳では無い。けれどそんな甘い感情の対角には、必ず反対の感情が存在する。「好き」と「嫌い」、「愛しい」と「憎い」は背中合わせ。いつ「愛しい」から「憎い」に変わっても、不思議ではない。


――そんな不確定な気持ちのまま、誰かと恋をするなんて無理だ。怖すぎる


 姉の数々の失敗から構築された、悲し過ぎる千夜の恋愛観である。

 一方で、千夜は憧れてもいた。失恋をどんなに嘆き悲しんでも、美紀はいつでも『良い恋愛だった』『素晴らしい経験をした』と振り返るからだ。


――私にも、そんな恋ができるのかな

 

 夜は少しずつ更けていった。

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