27 異世界チートの使いどころ

「なんで唐突にその話」

「怪我してほしくない。怪我させてほしくない。……十三年以上会ってなくて、お互い知らないところが沢山あるのは分かる。けど、ヤンキー、辞められるなら辞めてほしい。協力できることがあるならするから」

「……誰かに何か言われたか」


 結華は顔を上げた。そして、律を睨むように言う。


「……学校で、湊と言い合ったでしょ。何か理由があるんだって知った。それなら、その理由を無くせれば、ヤンキーやらなくて済むでしょ」

「……。……おい、佐々木」

「今度から名前で呼んでくれよ。で、なに? 話に入っていいの?」


 玄関に続くドアに背を預けていた湊が、明るい声で言う。


「こいつを巻き込むな」

「人聞きの悪い。まだその前段階にすら至ってねぇよ。安心しろ。けど、お前がヤンキーを辞めるのは歓迎だ」

「あ?」

「お前が強いのは分かる。お前が何を気にしてるのかも分かる。それと」


 湊はにぱっと笑い、


「その問題は、どうにか出来る問題な可能性が高い。それも、おれの力だけでな。……なあ、律。報復、されたことあるか」


 その表情を、凪いだものにさせる。


「そんな気も起こさせねぇように、完膚無きまでに叩きのめしてる」


 わずわらしげに顔をしかめた律へ、


「本当か? 本当にそれでそいつの心は折れたか? なあ、律。今お前は、柏木荘で暮らしてんだ。何かあれば、結華の家が巻き込まれるんだ。お前、それで良いのか?」


 言葉に詰まったように口を閉じた律とは逆に、


「何かあったらすぐに警察に頼る」


 唯華は湊に、はっきりと言う。

 けれど湊は肩を竦めて、


「結華、そういう話じゃなくてな。律の考えを聞いてんだ。結華の家がそういう目に遭っていいのか。なあ」


 唯華へ向けられていた顔が、また律に戻る。


「……じゃあ、どうしろってんだ」


 悔しげに、自分を睨む律へ、


「ちょっと、俺に任せてくれねぇかな?」


 湊は笑顔に戻り、言った。


 ❦


「要するに、りっちゃんは誰かをイジメてたりする不良だけをボコってたってこと?」

「そう。だろ?」


 湊の問いかけに、律は答えない。だが、それが答えになってしまう。


「で、だ。そいつらを四六時中録音録画する。んで、決定的な瞬間の部分を、全教員と教育委員会と警察に送る。そいつらは罰を受ける」

「四六時中監視なんて、どうやるつもりだ?」


 律の問いに、湊は右手を上に向け、


「これで」


 右手の上にキラキラと構築されたのは、銀色の丸い玉。大きさはピンポン玉ほど。


「これは監視カメラみたいなもんだ。そんで、ネットと繋ぐためにちょっと構築式をイジったから、録音録画されたもんは、スマホやパソコンに移動できる。で、SDカードとかに記録を移したり、画像をプリントしたりして、証拠にする。ああ、見た目が派手だとかは関係ないぞ。これ、透明になれるから」

「一度にいくつ操れる」

「五百はいける。五百で十日。もっと数を絞ればそれだけ長く動く。個人に紐づければ、半自動だ。どうだ? 現実味湧いてきたろ?」

「……異世界チートやべぇと思ってる」

「同じく」


 律の言葉に、結華は同意した。


「やだな、ここは地球だぜ。じゃ、この案採用で良い?」

「もっと良いのなんて思いつかないよ……」

「癪だが俺もそう思う」


 そして、計画は決行された。


「ま、証拠が集まるまで、一、二週間は掛かるだろうけどなぁ」


 湊の言葉に、


「それまで俺は動くなと?」

「辛抱しろよ」

「辛抱なぁ?」


 皮肉を込めたように顔を歪めた律を見て、


「律」


 湊はまた、律と肩を組む。


「結華のためだろ」


 結華には聞こえない声量で言ったそれに、律は、盛大に舌打ちした。


 ❦


 次の日の朝。学校に行くためにもうそろそろ家を出る、という時間に、唯華の家のインターホンが鳴らされた。


「結華ー、出てー」

「へい」


 母に言われ、出ると。


「よ、おはよう」


 湊と、


「お、おはようございます……」


 伊織が、玄関前に立っていた。


「おお、おはよう。何かあった?」

「特に何も。ただのお誘い」

「お誘い?」


 湊の言葉に首を傾げる。


「そ。三人で学校行かねぇ?」

「へ、……良いけど。突然どうしたの」

「そういう気分だった。なあ伊織」


 伊織は緊張した様子で、


「ご、ご迷惑でなければ……一緒に……」

(はい天使)


 おずおずと頷く様子に、結華は心の中で呟いた。


「迷惑なんかじゃ全然ないよ」


 唯華は伊織へ笑顔を向けると、湊にも顔を向け、


「じゃ、私ももう出るところだったし。待っててね」


 そして身支度の再確認をして、ローファーを履き、


「行ってきますー」


 両親に声をかけ、玄関を出た。


「三人で登校なんて、この前みたいだね」

「だよな」

「そう、ですね……」


 結華は、話しながら伊織を観察する。伊織のクマは、消えていない。


「……二人とも、昨日は良く寝れた?」

「えっ」

「うん? よく寝たよ?」

「私はちょっと、寝不足なんだよね。ゲームしてたらちょっと夜更かししちゃってさ。伊織はどう? 寝れた?」

「あ、え、えっと……そ、れなり、に……?」


 伊織の視線が、とても分かりやすく彷徨う。


「……ああ。なるほどね?」


 それを見ていた湊は、そう言うと。


「結華。これ、おれの力でも解決できるとは思うけど。明に頼らねぇ?」


 ❦


「あのさ。二ッ岩さんが協力してくれることになったのは良いけど。なんでわざわざ二ッ岩さんに?」


 中休みになり、外階段に移動した結華は、やって来た湊の手を握りながら言った。


「あー……まあ、一番の決定打は、明の力は最初からこの世界由来のもんだから、かな」


 湊は言いながら座り、結華もそれに釣られるように、隣に座る。

 あのあと、話が見えないからだろう、少し狼狽えながらも不思議そうに、


『明さんって、あの、ここに住んでる……?』


 そう聞いてきた伊織に、湊は、


『そうそう。伊織、お前、ちょっと精神が不安定だろ。で、寝不足だ。そんで、十中八九、明はそれの解決手段を持ってるんだよ』

『え、あ、いや……その……寝不足……では、ありますけど……』


 慌てたように言って、顔を青ざめさせる伊織を見た結華も、


(解決できるなら、解決させたいし)


 そう思い、腹をくくって、


『ね、伊織。私にもね、伊織が寝不足に見えるんだ。二ッ岩さんは信頼できる人だから、寝不足なこと、ちょっと相談してみない?』


 人っていうか、たぬきだけど。そう思いながら、精神には触れないで、寝不足を強調させて、言った。

 伊織は不安そうな顔をしたあと、


『……あの、結華先輩も、ついて来てくれますか……?』

『勿論だよ』


 そして、登校している間に、湊が明へと連絡して。


『オッケーだってさ。放課後、用務員室来てって』


 と、いう話になったのだ。


「それ、どういう意味?」


 結華の問いかけに、湊は空を見上げながら、


「おれはこの世界で生まれたけど。力は前世由来だからさ。生き物への心身、てか、精神的な作用を発揮させる類の力は、あんまり使わないほうが良いんだよ。それと、伊織の気持ちを考慮して、妥協点が明かなって」

「……私の足、治してくれたじゃん」

「あれは肉体への作用だから。だから大丈夫」

「……まあ、専門家っぽい湊がそう言うんなら、それが良いんだとは思うけど……」


 結華は言いながら、時間を確認するためにと、スマホを見て。


『どこにいる』


 律からのメッセージに、首を傾げた。


「どした?」

「いや、なんか、りっちゃんから……ちょっとごめん。手、離すね」


 結華は手早く、外階段に居ることを伝えると、


「終わった。手、離してごめんね」


 と、湊の手を握り直す。


「律からねぇ……」


 湊は結華の顔を見て、握っている手へ視線を移し、


「それっぽい気配がさ、こっちに向かってきてる」


 と、呆れたような笑顔になり、空いている手でドアを軽く叩いた。


「え? りっちゃんが?」

「だろうな。もうすぐそこ──」


 そこで、ドアがガチャリと開かれ、


「ささ、……湊もいんのか」


 本当に現れた律に、結華は目を丸くする。


「おう。回復させてもらってんだわ」

「あっそ」


 律は外階段へ出てくると、ドアを閉め、結華の隣へ腰を下ろす。


(なんで来た?)


 聞いていいものか迷う結華を、横目でちらりと見た律は、


「お前らが言ったんだろ。周りに手ぇ出すなって。教室に居ても居心地悪ぃし」

(まあ、居心地、良いとは思わないけど)


 そう思いながら、


「はあ、そう」


 なんとかそれだけ言った結華と、


「もっと正直になればいいのに」


 からかうように言う湊へ、


「なんか文句あっか。てか、いつもここいんのか?」


 律は視線を前に向けながら、聞いてくる。


「休み時間はここだね。湊が環境に慣れるまでは、なるべく近くにいるようにしてるよ。湊、りっちゃんほどじゃないけど、ぶっ倒れそうになったりするから」

「異世界チートにもハンデがあんだな」

「おれの力、言うほどチートじゃないんだけどなぁ」

「あんなモン見せておいて、よく言う」

「おれからすると、この世界もびっくりもんだよ? よくまあこんな進化を遂げた世界があったもんだと思うよ」

「元の世界のが良いって?」

「どっちもどっちだな、それは」


 結華は、自分を挟んで行われる会話を聞きながら、


(その話も気になるけど……伊織も気になる……)


 また、保健室でうなされていたりするのだろうか。放課後までずっと、そうだとしたら。


(ちょっと、聞いてみるか)


 結華は今度は、膝の上にスマホを置き、片手で伊織に『今、どうしてる?』と送る。


(……既読、付かないな。そろそろ中休みも終わるし……)


 結華は浅くため息を吐き、スマホを仕舞って、


「二人とも。時間なんで、戻ろっか」



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アナタはイケメン達に囲まれた生活を望みますか?  ▶はい  いいえ 山法師 @yama_bou_shi

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