26 グループ『柏木荘』、メンバー揃いました

「帰ってきた」


 湊の部屋で宿題をしていた結華は、その湊の言葉に覚悟を決め、


「……よし、行きますか」


 立ち上がった。

 行き先は二◯一号室。朝陽の部屋だ。

 湊がインターホンを鳴らす。


「はい」


 朝陽は、帰ってきたばかりだからだろう、男バスのジャージ姿で出てきた。


「こんばんはー。男バスで有名な大鷹先輩」


 湊はニッ、と笑顔を向け、


「こんばんは。突然すみません」


 結華も苦笑気味の笑顔を見せる。


「? えっと、結華さんと、……えぇと、君はもしかして転校してきたって話に聞いた、佐々木くん?」

「あ、おれのこと知ってる? なら話が早いや。おれ、ここの二◯三に住んでんだ。よろしく」

「え、あ、ああ。挨拶に来てくれたの? ありがとう。俺は大鷹朝陽。君が言った通り──というと変だけど、紅蘭の男バスに入ってるよ。よろしく」


 朝陽が出してきた手を湊は握り返し、「でさ、ちょっと話があんだよね。挨拶だけじゃないんだ」と言った。


「? 話?」

「込み入った話が一つと、もう一つは、柏木荘のグループラインに入りませんかって話なんです」


 結華の言葉に、「込み入った話? グループライン?」と朝陽は首を傾げる。


「すみません先輩」


 結華は朝陽に軽く頭を下げ、


「その、込み入った話というのがですね……湊、どうぞ」

「よしきた」


 そして、話を聞いた朝陽は目を丸くする。


「そんなことがあるんだ……?」

「あるんだよ、先輩。──ディアラ」

「クルゥ」

「わっ!」


 湊の胸の辺りが波立ったかと思うと、ディアラがそこから顔を出す。


「玄関入れてくれれば、ディアラの全身見せられるけど、どうする? 先輩」

「えっと……なら、一応、見ておこうかな」


 結華と湊を朝陽が玄関に招き入れると、


「クルゥ!」


 バサリ。翼を広げたディアラが飛び出して、


「ルルルゥ?」

「わっ?」


 朝陽の周りを、くるりと一周すると、


「クルゥ」


 結華の背中に回り、そのまま掴まった。


「……なんでここ?」

「クルゥ、クルル」

「居心地が良いんだと。で、先輩。今度はグループラインの話なんだけどさ」

「あ、ああ……そうだったっけ……。で、この、『柏木荘』のグループラインってことは、メンバーは入居者?」

「と、結華。ご近所付き合いみたいな感じだと思ってくれるとありがたいかな。あと入ってないの、先輩だけなんだ」

「俺だけ」

「そ。あと、これはそんな関係ない話だけど、入居者が全員紅蘭関係者なんだよ。面白い繋がりだと思わねぇ?」

「全員が? どういうこと?」

「六人中四人が紅蘭高校生。一人は紅蘭大学、一人は高校の用務員さん」

「……マジ?」

「マジ」


 朝陽が結華を見る。


「大家である両親は、何か特別視した訳ではないと思います。本当に偶然に、いうなれば神の意思のもと、こうなったかと」

(本当に神の意思だから、複雑だよ……)


 結華の言葉にか、微妙になった顔にか、朝陽は、ぷっ、と小さく吹き出し、


「神の意思なら仕方ないね。じゃあ、そのグループ、入らせてもらおうかな」


 そして、『柏木荘』の人数は、七名になった。


「では、突然失礼しました」

「これからよろしくなー先輩」

「うん。二人とも、じゃあね」


 結華と湊が朝陽の部屋から出ると、


「……いる?」

「いる」


 結華は隣の、律の部屋のインターホンを押す。


「……はい。どちら様……」


 結華と湊を見た律は、一気に顔をしかめ、


「なんの用だ」

「用がないと来ちゃいけない?」


 結華の言葉に目を見開き、


「まあ、用があって来たんだけど。りっちゃん、ちゃんと食べてる?」

「はあ?」

「はあ? じゃない。一度倒れた人が何言ってんの。ほら、部屋入らせて。冷蔵庫確かめさせて」

「な、ちょ、強引に入ろうとすんな!」

「ほら、結華、ここはおれに任せとけ」


 湊は結華を一旦下がらせると、


「ちょっと話しようぜ」


 と、それこそ強引に律と肩を組んで、結華に背を向け、律にひそひそと話をし始めた。


(男同士の話、ねぇ)


 律の様子も見に行く、と結華が言った時、湊も同行すると言った。そのほうがスムーズに進むからと。


「……」


 いつの間にか二人でこそこそ話をして、「じゃ、いいよな?」と、湊は律の背中を叩く。


「……わぁったよ。入れ」


 律は舌打ちして結華に目を向けると、部屋の奥へと行ってしまう。


「ほら、行こうぜ」

「……毎回こんな感じ?」

「それはこれから次第」


 結華と湊もそう言いながら、律の部屋へと入っていく。


(……掃除はしてあるんだよね)


 結華は部屋の中を確かめつつ、律の体調も観察する。


「冷蔵庫に入ってる食料が少ないのはしょうがないとして。りっちゃん」

「んだよ」


 結華は律の前に立ち、その、十五センチ以上は差のある顔を見上げ、


「健康状態は?」

「は?」

「確かめさせてもらうよ」

「っ、なっ!」


 結華は律の首の後ろと額に手を当て、


(熱はなさそう)


 顔を両手で挟んで下まぶたを下げ、


(貧血でもない)


 そして、


「りっちゃん、しゃがんで口開けて」

「……なんで」

「喉が風邪気味か確認します」

「風邪は引いてねぇ」

「いいから。一回確かめるだけだから、ほら!」


 結華は律の肩を下へ押すが、律はびくともしない。


(体力が戻ったのは良いけど……!)

「……はぁ」


 結華は、律の肩から手を離し、


「諦めたか」

「諦めてない、よ!」


 結華は律に抱きついた。


「っ?! なっ、お前っ?!」

「しゃ、が、ん、で!」


 律を抱きしめた結華は、下に向かって体重をかける。


「な、おまっ、──おいっ?! 佐々木?!」


 律が湊を見れば、湊はディアラとじゃれていた。


「てめっ……!」


 湊へ怒りの形相を向ける律の、


「りっちゃん!」


 体を抱きしめる結華の力が強まる。


「お願いだから……! 一瞬でいいから!」


 声が、懇願するものへと変わる。


「……チッ! 分かった! しゃがむ! 手ぇ離せ!」

「……ほんとにしゃがむ?」


 結華は、律を抱きしめたまま、顔を覗き込む。


「しゃがむだけじゃないんだからね? 喉風邪のチェックするんだからね?」


 その顔は、さっきまでの攻防で赤くなっていて。律を──自分を見つめる瞳も潤んでいる。


「──っ」


 律は顔を背け、


「分かった。しゃがむ。喉も見せる。これでいいか」


 体に込めていた力を抜く。


「……ほんとだよ……?」


 結華は不安そうに腕を解き、律を見つめる。


「……」


 律は結華をちらりと見たあと、床に座り込み、仏頂面を上に向けてきた。

 結華は律の顎に手をかけ、


「はい。口開けて」

「……」


 律の不服そうな顔は無視して、けれど素直に開けられた口の奥を覗く。


「……はい。赤くないね。ありがと」

「……大変だな、大家の娘も」


 律の言葉に、結華は首を傾げる。


「言われたんだろ、どうせ。また倒れてないか見てこいって」

「違うよ? 何言ってんの?」

「あ?」

「これは私の独断です。りっちゃんが心配だから見に来たの。本当は一人でするつもりだったけど、湊が、『女子が男子の家に突撃するのは男子が死ぬ』って言うから……」

「……そうかよ」

「それと!」


 律の目の前に膝をついた結華は、その動きに驚いた律の顔に迫るように、


「バイトに受かって、バイト代入るまでは、定期的にチェックするからね」

「……は?」

「詳しく言うと、月水金と見に来ます。今日は持ってきてないけど、次からは体温計でちゃんと体温も測ってもらいます。ウチ、血圧計もあるから、血圧も測ってもらいます。いいね?」

「めんどい」

「めんどいって言わない。それと、今日三食何食べた?」

「は?」

「何食べた?」


 また迫ってくる顔から自分のそれを背け、


「……おにぎりとパン」

「それぞれの個数は?」

「…………一個ずつ」

「少ない! あと野菜も摂って!」

「うるせ。お前は俺の保護者か」

「気持ち的にはそれもある」

「ああ?」

「……けど」


 結華は床にぺたりと座り、俯く。


「……あの時、倒れてるりっちゃんを見て、血の気が引いた。そのあと、それがりっちゃんだったって分かって、余計怖くなった。自分勝手なのは分かってる。けど、怖い。またりっちゃんが倒れるかと思うと、怖くてたまらない……」


 結華の声が、震えていく。


「……分かったよ。悪かった。ちゃんと健康に気を使う」

「……ほんとだね?」

「ああ」

「ヤンキーを辞める気は?」


 その言葉に、律は顔をしかめた。



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