18 グループライン『柏木荘』

「はあもう、もういい。この話終わり」


 結華は律の前で正座になると、


「で、そもそもなんで空腹で倒れてたワケ?」


 すると律は、苦い顔になり、顔を逸し、


「こっち向きなさい」

「っ」


 結華に両手で顔を挟まれ、その向きを戻される。


「体調が悪いの? 言いにくい理由なの? 私に言いづらいなら、お父さんとお母さんに話を通す手もあるよ?」


 律は視線を逸し、


「……金が無い」

(……シンプルぅ……)

「一円もないの? 保護者からの資金援助も無理なの? バイトとかは?」

「……ない、訳じゃない。けど、あれは緊急時用のやつだ。それに額も少ない。親は当てにならねぇ。気にかけてくれてるいとこも、社会人になったばっかだ。余裕はねぇ。バイトは、……受かんねぇ」

「なんでバイト受からない……かは、相性にもよるか」


 結華は律から手を離し、「うーん」と考え、


(問題は金銭的なものな訳ね。で、バイトに受からない。……あ)

「ねえりっちゃん」

「あ?」

「喫茶店のスタッフ、興味ある?」

「は?」


 ❦


「で、話に区切りはついたってことでオッケー?」

「だからそう言ったじゃん」


 戻ってきた湊達に、結華が呆れながら言う。


「まあそれなら良いけど。で、あのムラクマってのについては聞いてもいーの?」


 並んで座る結華達の前に、湊と伊織も座る。


「あー、まあ……良いよね?」


 結華が律へ顔を向けると、


「別に」


 律はどうでも良さげな声で応える。


「……本人から了承を得ましたので説明しますが」


 律の横に座る結華は、少しイラッとさせられた気持ちを追いやると、


「私とね、中館さん……りっちゃんはね、同じ幼稚園に通ってたの」

「ほうほう」


 軽く相槌を打つ湊と、緊張して話を聞いている伊織へ、


「でね、私達が三歳くらいの頃、りっちゃんがね、あ、その時は『りっちゃん』と『ゆいちゃん』って呼び合ってたんだけど。りっちゃんが引っ越すことになってね。私は、忘れないでねって、自分で作ったムラクマ……紫のクマだからムラクマなんたけど、さっきのを渡したの。っていう経緯」

「へー。それで高校で再会?」

「お互いに気づいたのは今だけどね。……あのかわいいりっちゃんがヤンキーになってたなんて……」

「ヤンキー?」


 結華の言葉に、伊織が首を傾げる。


「中館さんってヤンキーなんですか?」

(やっぱり知らなかったのか……)

「聞かれてるよ」

「……まあ、俗に言うそれだ」

「あんなに礼儀正しいのに……?」


 引っ越しの際の様子を思い出しながら言っているんだろう。伊織はまた、首を傾げる。


「伊織。律はヤンキーつってもな、根は良いやつだから、今まで通りの認識でいいと思うよ?」


 湊の言葉に、「あ、そうなんですか?」と伊織は素直にそれを受け取る。


「なんでもバカ正直に受け入れるなよ。四月一日」

「え?」

「……佐々木は悪いやつに見えねぇが、そう言って騙してくるやつだって山のようにいる。なんでもかんでもまっすぐに受け取るな」

「急に先輩ぶるじゃん」


 そう言った結華に、


「あ?」


 律は威嚇の顔を向ける。


「……あの……」


 伊織は少し俯いたあと、律へ顔を向け、


「心配してくださって、ありがとうございます。……でも、僕も、世の中良い人ばかりじゃないのは、それなりに理解しています。だから──」


 へにゃりとした笑顔になり、


「そう言ってくれる中館先輩も、結華先輩と湊先輩とおんなじに、良い人なんだなって、思えます。だから、ヤンキーでもなんにも問題ないです」

(なんて良い子なんだぁ……!)

「四月一日くん」

「はい、はっいっ?!」


 結華はがっしりと、正面にいる伊織の手を握り、


「なにか困ったことあったら言ってくださいね? 何もなくても言ってくださっていいですからね?」


 あの、うなされていた伊織を思い出しながら、結華は真剣な顔つきで言った。


「は、は、はい……」


 伊織は顔を赤くして頷いたあと、


「……あ。……あの、それでは、ふ、二つ? 良いですか……?」

「なんですか?」

「あ、あの……なんで、敬語なんですか……? 学校では普通だったのに……」

「あ、それは、私が今大家の娘という立場だからです。けど、気になるんでしたら普通に喋りますよ」

「じゃ、あ、敬語は無しでも良いですか……?」

「うん、分かった。これでいいかな?」

「は、はい……」

「それじゃ、あと一つは、なにかな」


 結華の微笑みながらの問いかけに、伊織は更に顔を赤くして、少し目を彷徨わせながら、


「……そ、その……」

「うん」

「名前、を……その、名字じゃなくて、伊織って呼んでくれませんか……?」

「伊織くん?」

「く、くんは、無しで……」

「伊織?」


 これでいいのかと、結華は首を傾けながら、名前を口にする。


「っ……!」


 伊織は更に顔を赤くして、


「は、はい…………」


 こくり、と頷いた。


「……話、終わった?」


 湊のそれに、「はっ、はい! 失礼しました!」と伊織は背筋を伸ばす。


「じゃ、食糧問題のほうは突っ込んでいいの?」


 湊がまた、話の中身を律のものへと戻し、聞いた。

 伊織から手を離した結華は律へ顔を向け、言っていいか暗に問いかける。


「問題解決の目処は一応立った」


 そしたら、律が先に口を開いた。


「食ってなかったのは金がなかっただけだ。その金を稼ぐためのバイト先を、結華に紹介してもらうことになった」

「へー……一個聞いていい?」

「あ?」

「ゆいちゃんって呼ばなくていいの?」

「ぶん殴るぞテメェ」

「悪い悪い。じゃ、問題は収まった感じするから、グループ作るか」

「あ、そうだった」


 結華は伊織から手を離すと、再びスマホを取り出す。


「あ、は、はい」


 伊織も取り出し、


「……」

「りっちゃん」


 律も渋々といった様子で取り出した。


「んじゃ」


 湊もスマホを取り出し、四人でグループを作る。


「名前どうする?」


 湊の問いに、


「どうでもいい」

「え、えっと……えっと……」


 結華はそれを見て、


「なら、柏木荘は? ご近所付き合いのグループだし」

「採用」


 そして『柏木荘』というラインのグループが出来上がった。


「でさ、話は変わるけど。律はどんなバイト受けんの?」


 湊の質問に、


「近所の喫茶店のスタッフ」

「あ、そこね、私も働いてるところなんだよね。店長良い人だし、ずっと人手が足りないって言ってたから、話は聞いてくれると思うんだ。さっきラインでそのこと送っておいたけど」

「……あ」


 伊織の呟きに、「うん? なんかあった?」と結華が反応する。


「いえ、その、僕もバイトしようかと思ってて……そこ、もう、満杯ですか?」

(満杯……)

「んっとね、そこは個人経営のお店でね。満杯……ではないと思うけど……店長のキャラが濃いからなぁ……」

「お前、そんなとこに俺を行かせようとしてたのかよ」

「いやだからさ、私はそこで働いているわけね。で、りっちゃんならたぶん気に入ってもらえて採用されると思うのね。店長との相性もいいと思うんだよ。……聞くだけ聞いてみよっか?」

「お、お願いします……!」


 ピシリ、と固くなった伊織の横で、


「なあ、その店長ってどんな人? 写真とかないの?」

「ああ、これ」


 湊の言葉に、結華は画像をスマホに表示させ、三人に見せる。


「……」

「な、なんかキラキラしてる……」

「おお、イケメン」


 そこには、肩を超す赤い髪をハーフアップにしてこちらに微笑む、国宝級ですか? と言いたくなるほどの美貌の持ち主が写っていた。


「あ、一応言っとくけど、店長女性だからね」

「「「え」」」


 三人の反応に、結華は苦笑する。


「この顔とさ、百七十超す身長と、低めの声でさ、男の人と間違われやすいんだよね。本人は外も中も女の人なんだけど」

「へえー……」

「……」

「は、あ……」


 結華は、驚いているような、感心しているような三人の顔を──特に伊織の顔を見て、


「……伊織、考え直す?」

「え?」

「いや、店長の顔見て、気が変わったかな、て」

「あ、いえ、それは。全然問題ないです」


 ふるふると首を振る伊織に、「そっか。分かった」と結華は画像を閉じた。



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