15 エネルギー不足

「中館さん! 中館さん?!」


 結華はインターホンを鳴らし、ドアを叩き、それなりの声量で声をかける。

 が、反応はない。


「……本当に中にいるんだよね?」


 隣にいる湊へ、確認するように聞く。


「いる」

「っ……中館さん! 出てくれませんか! ……しょうがない! 湊、ちょっと待ってて!」


 結華は急いで家に入り、ある棚の鍵付きの引き出しの鍵を開け、そこから鍵の束を取り出し、また、引き返す。


「もう! 最近こういう時ばっかいない!」


 結華の父は買い物に、母は近所の付き合いに出ている。


「おまたせ! 死んでないよね?!」


 二◯二号室の前に戻ってきた結華に、


「死んでないよ。で、手に持ってるそれ、は、アパートの部屋の鍵、か?」

「その通りです! えっと、二◯二、二◯二……これ!」


 結華は束の中から見つけた鍵でドアを開けると、


「中館さん?! すみませんけど失礼しますよ?!」


 靴を脱いで玄関に上がり、


「リビング」


 湊の言葉に、リビングへのドアを開ける。

 するとそこに、本当に律が倒れていた。


「中館さん! 大丈夫ですか!」


 結華は律へ駆け寄り、呼吸と脈を確かめ、額に手を当てる。


「……さっきから……うるせぇ……」

「意識はあるんですね。良かった」

(手での検温だけど、熱はなさそう。苦しくもなさそう。けど湊の言った通り、意識がなんか変で、体に力が入ってない)

「湊、原因分かる?」

「十中八九、エネルギー不足だな」

「エネルギー不足?」


 首を傾げる結華に、「そ」と言うと、湊は律へ向けて、


「お前、少なくともここ来てから、ほとんど何も食べてないだろ」


 律は答えないが、結華はそれを聞いて目を丸くする。


「は、ここに来てからって……四日?!」

「っるせぇ……関係ねぇ……」

「大いにあります!」


 結華は声を張り上げると、


「家の中に食べ物は?! どこですか?!」

「そもそもないと思うぞ」

「じゃあ持ってくる! 湊、ちょっと中館さん見てて!」

「へい」


 結華はまたバタバタと家に戻って、目についた菓子類や飲み物を適当な袋に詰めていき、はた、と手を止める。


(四日、口にものを入れてない、としたら)


 胃が弱っている可能性がある。そう考え、風邪を引いた時用に常備してある粥のパックも手に取った。

 そして急いで戻る。


「湊! 中館さんの様子は?!」

「意固地になってる」

「は?!」

「……だから……テメェらに……何も関係ねえだろが……」


 律は、結華が家に戻っている間に体を起こしたのか、壁に背を預け、ギロリとこちらを睨んでくる。


「関係あります。私は大家の娘です。住人の方々が問題を起こしていないか、その人になにか起きてないか、把握して対処しなきゃなりません」


 結華は律の目の前にしゃがみ込むと、色々と詰め込んできた袋から、ぶどうジュースのペットボトルを取り出し、


「飲めますか?」


 と、差し出す。


「……」


 律はそれから顔を背ける。


「…………」


 結華は持っていたものを、一度全て床に置くと、


「?!」

「あのですね」


 律の顔を手で挟み、強制的に自分へ向けさせた。


「な、おま……?!」


 その行動に驚く律を無視して、


「食べないと死ぬんですよ? だからこの状態に陥ってるんですよ? 食べてください」

「……テメェなんかに指図されたくないね……!」

「強制的に食べさせますよ?」

「……やってみろよ」

「言いましたね? 言質を取りましたからね?」


 結華は律から手を離し、後ろで「あーあ」と言っている湊の声など耳に入ってないかのようにジュースのペットボトルを掴むと、開け、口に含み、ジュースの口を締めて横に置き、


「……あ?」


 頭の回っていない律の頭と顎を手で支えると


「──?!」


 律の口を塞いだ。


「っ、……っ!」


 律に肩を押され、けれど力の入っていないそれを無視して、結華は律を睨みつける。

 暫しの攻防の後、律の喉がコクリと動いた。結華は感覚で認識して、口を離す。


「て、めぇ……!」


 結華を射殺さんばかりの目つきで睨みつける律に、


「やってみろと言ったのはあなたです。さあ、もう一度やりますか? 自分で飲みますか?」


 結華はぶどうジュースを突きつけた。


「……チィッ!」


 律はぶどうジュースを、結華の手から奪うように取ると、その蓋を開けようとして、


「っ……、」


 手が止まる。


「体力が底をついて力が入らないんですね。貸してください」

「……やだね」

「なら、飲み物は他にもありますから、そっちでやりますか?」

「……」


 律はぶどうジュースを床に置いた。結華はその蓋を開け、律に渡す。律は一度結華を見てからペットボトルを掴み、一気飲みした。


「……これでいいだろ」


 空になったペットボトルを結華に見せつけ、律が言う。


「まだです」

「あ?」

「最低限、持ってきたおかゆを食べてもらいます。塩と梅とたまご、どれがいいですか」


 結華は袋からおかゆのパックを取り出し、律に見せる。


「……」


 律が顔をしかめて黙っていると、


「なら、私が独断で選んで用意しますが、いいですね?」


 律はそれに答えず、目を逸らす。


「……なら、キッチンをお借りしますよ」


 結華は塩味のおかゆを持って立ち上がり、キッチンに立つと、食器棚らしき場所から深皿か何かを取ろうとして、そこに何も無いのことに気づくと──


「質問なんですけど、中館さん、食器、どこに置いてるんですか?」

「……ない」

「ない? …………じゃあ、お鍋とか、フライパンは」

「ない」

「……」


 お前は一人暮らしをナメているのか。そう言いたかった結華だが、なにか事情がある可能性もある。


(今は何よりおかゆだ)

「湊、キッチン借りていい?」

「おー」

「ありがと」


 律の部屋から出ていった結華を眺め、湊は床に座って律へ顔を向ける。


「良かったな」

「あ?」

「結華が心配しなきゃ、お前は最悪餓死してた。結華は命の恩人だぞ?」

「……助けてくれなんて言ってない」

「そうだな。あいつが勝手に助けたんだ。あんな善人、そうそう居ないぞ?」

「……礼なんか言わねぇぞ」


 それを聞いた湊は、「お前まじで不器用だなぁ」と笑う。


「何がおかしい」

「感謝してるくせに」

「誰が」

「律が」

「……お前に名前で呼ばれる筋合いはねぇ」

「……お前もさ、素は善人だろ」

「はあ?」


 眉間に盛大にシワを寄せた律に、


「お前がボコってた奴らは、誰かしらをイジメてた奴らだ」


 湊の言葉に、律は目を見開く。


「前にお前がボコってたところを見た。そして次に、ボコられてた奴らが別のやつから金を巻き上げてるところを見た。な? 簡単な謎解きだろ?」


 笑顔で言う湊に、律は皮肉げな顔を向ける。


「お前、馬鹿じゃねぇの……」

「ん?」

「それとこれが、全然関係ない可能性は考えねぇのかよ? お粗末な推理だな」

「ああ、色々と理由があってな。確信が持てるんだよ」

「へえ? どんな大層な理由で、そんな確信が持てるってんだ?」

「そーだなー……言ってもいいかなーどうしよっかなー……」


 湊は玄関へ続くドアへ顔を向けると、


「なあ、結華。言ってもいいかな」

「?」

「……ちっ、バレてたか……」

「?!」


 ドアが開き、温まったおかゆを持った結華が入ってきた。


「……な……お前、いつから……」


 驚いている律へ、


「まあまずはこれを食べてください。熱いので気をつけてくださいね」


 結華はおかゆを差し出した。


「……」


 律は仏頂面で、けれども渋々それを受け取る。それを見た結華は、その側に座った。


「……なんで座んだよ」

「あなたがそれを食べ終えるまで、ここで見てます」


 律は嫌そうな顔をして、おかゆを食べ始めた。


「あ、でだ。おれのその、お粗末な推理に確信が持てる理由がだな」

「ちょっ?!」


 結華は慌てて、湊の口を手で塞ぐ。


「あ?」

はいひょーふはっへだいじょうぶだって


 湊は結華の腕をトントンと叩く。


「いや、でも」

「クルゥ」

「え?」「……あ?」


 結華達の間の床に、ディアラがお座りをしていた。ディアラの見た目にか、突然出現したことにか、ディアラを見た律の手が止まる。


「んなっ!」


 結華は湊の口から手を外すと、


「なにしてんの?!」


 と、湊を叱るように問いただす。


「ディアラを見せるのが一番手っ取り早いかなって。なーディアラ」

「クルルゥ」


 ディアラはふわりと飛び立つと、三人の頭上を旋回して、胡座をかいている湊の足の間に降り立った。


「こいつ、おれの契約獣。名前はディアラ。意味は空を統べるもの」


 湊はディアラの頭を撫でながら、律へ笑顔を向けて言う。


「……なんか、こう、精巧なロボット……?」

「生き物。ほら、ディアラ」

「……クゥ」


 ディアラは律をちらりと見ると、また飛び立ち、律の顔の前に来て、


「なん──」


 カパリと口を開け、ゴウッ! と炎を吐いた。


「ディアラ?! なっ、なにして……?! 中館さん?!」


 結華は慌てて律に近づいて、「や、火傷は?! 怪我は?!」と頬や髪を触ったり、目を丸くして固まっている律の肩を叩いて、「気を確かに!」と呼びかける。


「大丈夫だよ。それは普通の炎じゃない。体力を回復させるもんだ」

「それならそうと先に言って?! 死ぬほど驚いたよ?!」


 湊に叫ぶように言った結華へ、


「……別に、なんともなってない。手ぇ離せ」


 再起動した律は、その結華の手を払うようにして、自分の肩から外した。


「……まあ、それなら良いですけど」

「今のはな、体内のエネルギーを高速変換させて回復に回すってもんだ。律の今の状態だと、少ししかそれが出来ないけど、しないよりマシだろ?」

「よく分かんねぇけど、変なもんじゃないのは分かった」


 そう言って、律はおかゆを食べるのを再開する。


「で、その白いのと、お前の話と、何がどう関係する」

「簡単に言うとだな、」


 そこに、インターホンの音が響いた。


「ん? え? あ、え、と、出ていいですか?」


 律は今食べているのだから自分が、と、結華は律に言う。


「別に」

(もう少し言い方をどうにかしたらどうだろうか!)

「……じゃあ、出ますね」


 結華が「はい」とドアを開けると、


「あれ? 四月一日くん」


 伊織が心配そうな顔をして立っていた。


「どうしました?」

「え? あ、その、上から大きな音がしたり、先輩達の声がしたりしたから……何かあったのかなって……」


 ここまでドタバタしていたのが、下の階の伊織に伝わってしまっていたらしい。


「ああ、大丈夫ですよ。ちょっとしたことで。すみません、ご迷惑を。……中館さんのお知り合いだったんですか?」

「え?」

「いえ、わざわざ訪ねてこられたら。そうなのかなと」

「あ、いえ……。……その、結華先輩の必死な声が……」

(私かー!)


 やってしまった、と結華が思っていると。


「おーい。伊織もこっち来いよー」


 部屋のほうから湊がそう言ってきた、と同時に、


「クルルゥ」


 結華の足元に、ディアラが現れた。


「え?」「は?!」

「ほらさーちょうど良いからもうみんなで共有しようぜ」


 奥から湊がやって来て、笑顔で言う。


「え? ……その……鳥? さん、は……?」

「うん。中に入って。説明するよ」


 困惑している伊織の肩を、湊がぽんと叩く。


(……もうあれだ、野となれ山となれだ……)


 結華は天を仰ぎたくなった衝動を堪え、


「……うん、ちょうど来ていただいたので、四月一日くんにも、色々と説明させていただこうと思います……」


 そして様々なことを諦め、伊織に苦笑を向けた。



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