第5話 許容範囲内で倍返しだ!

「ぜぇ・・・・・・ぜぇ・・・・・・」


 今にも力尽きそうなサクラは、血まみれの拳を河川の流水につけて冷ましていた。


 傍にいるのはビリケンのみで、レンジャーは落とした銃を回収して、また門番の仕事に戻っていた。


「貴君、いくらアンデッドに腐女子クサッテイルと言われたからって、ハリセンでミンチやりすぎです――――ブフォ!」


「笑ってるね、その心笑っているね! テメェかッ⁉ テメェかよォ‼」


 サクラはビリケンをシバキ倒そうとハリセンで応戦する。


 だが、ビリケンはちょうど届かない位置に浮いて爆笑していた。


「それよりもどうして、こんな所でゾンビに襲われてたんですかァ?」


「遺体から金品を回収していたら、いきなり襲われたんだ。避けるな、こっち来いッ!」


「自動販売機の下を覗き込んで小銭を探す小学生並みの行為です。二十六歳にもなって、はずかしくないんですかァ?」


「羞恥心なんぞ、処女を捨てれず婚期を逃した四十代女性の考え方だ。ちなみに私は非処女だ」


「嘘つかないでくださいです、貴君は処女でしょうがァ。この履歴書に記載されてるです」


 いつの間にかにビリケンの手には、履歴書らしきモノをペラペラ揺らしていた。


 サクラは間髪入れず、『異議あり!』と逆転裁判風に反論タイムにはいる。


「はぁ⁉ ちょっと待て、履歴書にそんな項目はないだろ!」


「もしかしてサクラは無職のヒキニートだから、履歴書見たことないです?」


「履歴書ぐらい見たことあるわい! それに私が無職なのはクビになったからだ!」


 なんだろう、今のところ図星だし、このやり取りを続けたらヤバいとサクラの中のゴーストが囁いている。


 そのうち記憶から抹消した黒歴史なんか掘り返しでもすれば、心が壊れて人間では無くなってしまいそうだ。


 とりあえず、会話の流れを変えよう。


 古事記にも『ショタに主導権を握らせるな』と書かれている。


「そんなことより、その手に持っている紙は一体何なんだよ?」


「これはサクラの履歴書ステータス表だって言ってるではないかァ」


「ステータス表――――だと・・・・・・」


「サクラの基本情報は勿論。学校のプールで放尿した回数や、初めて手にした百合本のタイトル、異性からイヤらしい目で見られた回数がゼロなど――――」


「あアああアあアアガアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ‼」


 黒歴史が決壊したことにより、サクラの絶叫が周囲にこだました。


「なんですかいきなり、叫んだりして発情期ですかァ?」


「違うわ!」


「じゃあ、更年期障害です。命の母を出しておきましょうかァ」


「そんな年じゃないわよ! ちょっとその履歴書ステータス見せなさいよ!」


 サクラは履歴書をひったくると、一言一句舐めるように確認する。


 大体の内容自体は一般的に売られている履歴書と変わりはないのだが、オカシイ項目が追加されている。


『悪行』と書かれた枠組みには、5W1Hで事細かく黒歴史が記載されていた。


 中学の同級生だったマキナちゃんの体操服を借りパクした青春も載ってる。


 懐かしいな、今も寝巻に使っているんだよな。


「それよりも、どうしてこんな情報まで書いてあるんだよ・・・・・・」


「それ実際は閻魔帳のコピーですからァ。貴君の善行悪行は丸っとするっとお見通しな訳です。まあ、善行は一つもないですがァ・・・・・・」


「そんなバカな」


 サクラはステータスに再度、目を通すも一行も書かれていない。


 ふと、最下段のの隣に見慣れない――――いや、ゲームでお馴染みのワードがあることに気づいた。


「MP・・・・・・これって、マジックポイント⁉ 魔法が使えるの!」


 しかもMPの横には3980と表示されている。


 これって結構、魔法とか使えんじゃないんですか!


 私の異世界無双ゲー来たッーーー‼


「それマジックポイントじゃなくて、マイナポイントです」


「えっ、今なんと?」


 気のせいか、日本のポイントシステム名に聞こえたのだが・・・・・・・。


「だからマイナポイントです」


 間違いじゃなかった。


「それって、この世界で役に立つ?」


「それ、日本国外でもマイナポイント使えますかって言ってるようなもんです」


「クソったレえええええッ!」


 サクラはステータスを思いっきり引き裂いた。


「あらら、それ地獄の役所で発行するのに、手数料で五百円かかったんです」


「そうだ、こういう異世界転生って、普通神様から能力とか付与してくれたりするんだろ! わたし『Yuriゼロから始める異世界百合生活』や『転生したら百合だった件』、『異世界百合食堂』で読んだことがある」


「ボクは転生系の神様じゃないので、サクラをチートキャラにすることは無理なのです」


「能力なしで私は異世界でどうしたら良いんだよ!」


 ビリケンは怪訝な顔をする。


「貴君はこの世界に来る前に仰ってたです。作家になりたいかなぁっとです」


「それは・・・・・・・」


「日本の作家さんが魔法なんて使ってますかァ? 使ってないです。この世界でサクラがやるべきことは作品を書くことです」


 サクラはため息をついた。


「そうやった。あんたの言う通り、一度目の人生で叶えられんかった夢をかなえる。それが私のやり残したことやった」


 サクラはそういうと、河川敷の坂を駆け上がった。


「何してるビリケン! 早く行で!」


 ビリケンはやれやれとサクラの後を追う。


「そう言えばもう一つやり残したことがある」


「ん? 貴君は他にもやり残したことがある――――」


 いきなりサクラはビリケンの頭を隠し持っていたハリセンでスパーンと叩いた。


「痛っちゃー! なにするですかァ⁉」


「フフーフ! さっきまでの仕返し」


 サクラはハニカミながら笑った。


 たぶん、サクラがこの世界に来て初めて見せた笑顔だろう。








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