第2話 知らない天井がない
「見知らぬ、天井がない」
何がどうなってしまったのだろう。光に包まれたあと気を失い目を覚ました時には、また暗闇。
同じ暗闇でも、あの亜空間とは違う場所であるのは五感で理解した。
空には光り輝く満点の星空が視界に広がり。冷たい風と共に揺れる木々と虫たちの音。起き上がろうと地面に手が触れるとそこには自然の大地と土の匂い。
「ここは・・・・・・」
サクラはゆっくりと暗闇の中を彷徨い、歩き続けた。
「痛ッ!」
何かに足が躓き、顔面から地面にダイブする。
痛みで顔を抑えながらも、サクラは立ち上がった。
ただ、何かを知りたくて。何かを始めたくて。何かを――そう、心がサクラを動かしていた。
その行動を暗示していたのか、暗闇の先に光が見えた。
何度も転びながらサクラは走った。
そこにはもう諦めない、叶えたい夢を掴み取るため、一歩一歩に思いが込められている。
その夢の始まりであり、サクラの第二の故郷になる都市【バーミン】である。
サクラが【バーミン】の城門に辿り着いたころには、すでに夜が明け朝日が昇っていた。
都市の周りには巨人から守っているような大きな防護壁がそびえ立つ。
門の前には大きな橋が掛けられ、その下には河川が流れている。
石畳でできた橋を渡るのは初めてで、サクラの表情には不安よりも未知なモノに興味津々。
「そこで止まれ!」
橋の向こうで門番だろうか役人らしき男が走ってきた。
服装はまるでウエスタンのカーボーイに似ている。浅黒い肌をして、黒く整えられた顎髭は短くした髪の毛と繋がっていた。見た目からして40代ぐらいの年齢だろう。
てか、言葉が通じる。
ご都合主義万歳だな。
「嬢ちゃん、ここに何しに来た!」
男の手には銀色の拳銃らしきモノが握られていた。直角三角形状でリボルバータイプの機構をしている。(いや、これカウボーイじゃん)
銃を向けられたら、両手を上げるのが御作法であることを心構えているサクラはキレイな無抵抗のシンボルを示し命乞いをした。
「撃たないでください!」
「撃たないよ!?」
カウボーイは景気よく拳銃を空に向けて、一発撃った。乾いた音は朝のコーヒーよりも目覚めがいい。
◇
「嬢ちゃん不思議な格好だな、どこの出身だ?」
カウボーイは銀食器のカップでコーヒーらしき黒い飲み物を口に含んで尋ねた。
「日本から来た――って言ってもわからないよね」
「日本? 聞いたことのない地名だな。いや、嬢ちゃんが邪教徒の森から出てきたからてっきり、また頭のオカシイ奴のご登場だな、と思ったんだ。それにこのゲートは行商人専用なんでね」
「ここからは入れないんですか?」
「残念だけど、無理かな規則だから。通したら俺のクビが飛ぶ」
クビという言葉にサクラもまた共感できる。彼女もこの世界に来る前に仕事をクビになったのだから、その後の生活困難なのは体験者として、ここにいる誰よりも知っている。
「そうですよね、規則を守らず勝手なことしたらまずいですよね。クビになった後の生活とかヤバいですし」
「いや、クビが飛んだら打ち首で死ぬからな」
「やっぱり異世界でクビになったら打ち首——打ち首!?」
「ギロチンで首がボロンだ」
異世界は現世より厳しい現実だった。
まさか仕事の失敗は命を持って償うとはさすが異世界、会社でミスしても辞めさせられるだけで関係が終わる世界は実に甘いモノだったんだなと羨む。
でも、それでもサクラはこの世界で生きることが、前の人生よりも辛くても、作家になりたい気持ちは変わらなかった。
「ここからゲートまでどのくらいで行けます?」
「徒歩で行くならそうだな……最寄りのゲートだと明後日の昼過ぎには着くと思う」
思いのほか遠い、作家志望の気が変わりそうなくらい時間が掛かりすぎる。
「うげ、そんなに遠いの!?」
「乗り物で行けば早く着くけど金が必要だ・・・・・・お嬢ちゃんお金持ってるか?」
「いえ、一文無しです――くっ、悔しいが致し方ない! こうなったら体で稼ぐしかないな! わたしの身体を抱け‼」
サクラは自身の身を案じ体を搔き抱いた。
「いや、嬢ちゃんの体で喜ぶ奴は世界広しと言えど無いな。いいか、いい女ってのはもっとこう肉付きがよくて――」
カウボーイは笑って魅力的な女性像を語り始めたが、サクラはこの世界においても自分の魅力はないのだと諦観していた。
普通、異世界に来たらモテまくりじゃないんですか?
それに神様から授けられた力で無双するとか――。
まて、あのビリケンこの世界に放り込んだのは良いけど、なんも力授けてなくないか・・・・・・。
こういう力を授けられないパターンて、本人が既に現世からチート野郎か、それとも現代科学で無双するのだけれど、わたしは馬鹿だし、現世では会社をクビになるくらい無能だ。
これって、異世界転生で一番ハズレじゃないの!?
将来性と現状にサクラは不安を隠せなかった。
あのビリケン——絶対〇す。
「なあ、もし嬢ちゃんが金に困っているなら、その河川敷で探してみな拾えるかもしれない」
「河川にお金を投げる風習が? なんか賽銭泥棒してるみたいで罰が当たりそう」
「そんな風習なんてあったら、こんな仕事辞めて、それで食っていく」
「じゃあ、どうして?」
「こっち来てみな」
カウボーイは橋の上から河川を見るように促す。
サクラも橋から身を出してみると、きれいな水流の中にいくつもの黒い影がある。
「あれなんです?」
「遺体だよ。俺が撃ち殺した相手だ」
カウボーイは当たり前のように言った。
サクラは急いでカウボーイから離れた。
「大丈夫、撃ち殺す相手は悪人だけだ。嬢ちゃんが悪人なら・・・・・・バン!」
カウボーイは右手の指を銃に見立てて、サクラに撃った。
「死体から金品を取ることなく、俺の弾丸を受けて橋から転落した奴が何人かいる」
「それを取ってこいということか・・・・・・」
「川の浅いから嬢ちゃんでも大丈夫だろう。どうするやってみるか?」
「やるけど――――でも、あなたには特にならないんじゃ?」
「もとからこの話なんて得なんて無いものだ。あるとすれば、困っている人を助ける。ただ、それだけさ」
「だったら、代わりに取ってきてくれたり、お金貸してくれたりとか?」
「俺が今ここから離れるのは仕事をサボることになるし、お金を貸せるほど金持ちでもない。でも、今できる限りのことはやっているつもりだ」
「アッ、今の悪気があって言ったわけじゃないから……」
「わかっているさ、それぐらい。俺の勘は当たるんだ、良い奴と悪い奴の区別は特にな」
「……そうなんですか」
サクラは男に背を向けて河川の方へと降りていく。
「もし、危なくなったら助けを呼んでくれ。その場合なら、救助として持ち場を離れることができるからな」
「そう思えば名前を聞いていなかった」
「俺か・・・・・・レンジャーだ。レンジャー・マーキュリー」
「レンジャー・・・・・・ヒーローみたいでかっこ良いじゃん!」
「それはどうも! で、嬢ちゃんの名前は?」
レンジャーと名乗ったカウボーイはサクラに訊き返してきた。
サクラは本命を名乗ろうと思ったが、あえてそうはしなかった。
生まれ変わったのだ――いや、違うそうじゃない。本物になるんだ。
「私の名前はジョン。ジョン・ドゥ《名無しの権兵衛》」
ジョン・ドゥ、それがのペンネーム。無名が世界に刻むんだ、ウチがここに生きていたってことを!
「じゃあ、がんばれよジョン!」
ジョンと名乗ったサクラはレンジャーに手を振った。
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