名無しの権兵衛は異世界で名を残したい!

アバダケダブラ小僧

第1話 残したかったモノって、なに?

 権兵衛ごんべえサクラは26歳で、この世を去った。


 この四半世紀、人は多くのことを体験する重要な通過点であろう。


 その大半を占める学業生活では他者との交流を深め、その中でも選ばれた者たちだけが青春を謳歌する。


(ボッチは直流なんだよ! ショートしろリア充ども!)


 そうじゃない者たちは将来を見据えて学業に励み、その手で明るい未来をつかみ取っていた。


(その手に掴んでるのはストレスで禿げた抜け毛!)


 またある者たちは、若くして社会で働き、温かい家庭を手に入れた者たちもいる。


(なんで私は大学まで行ったのに寂しい生活なんだよ!)


「そんなことはどうでも良い――問題なのは」


 サクラは怒気を込めた声音で言葉をつづけた。


「なんで私は死んでだァッッ⁉」


 彼女の怒りが亜空間に轟いた・・・・・・。


            ◇


「さっきも伝えた通り、残念ながら貴君は死んだです。享年26歳独身、彼氏なし、友人もなく、仕事をクビになり無職。独りやけ酒に溺れたあげくに、道頓堀川へ飛び込んで誰にも気づかれず溺れてお亡くなり・・・・・・。酒と水で溺れるも恋に溺れぬとはお笑いなのです」


 姿は見えないが亜空間にサクラ以外の美しい声がオペラハウスのように響いていく。


 それは中性的な幼い声で、安らぎを感じさせるものだ。


 だが、サクラには不快でしかない。


 てか、さっきから語尾の『です』が気になる。


 お前はサザエさんのタラちゃんか!


「うまくもないこと言いやがって、別に私の死んだときのスペックまで聞いてない! てか、さっきから誰だ、コノヤロー!」


 サクラは亜空間の誰かに畳みかけるも、


「申し遅れましたです。ボクは関西支部大阪担当極楽浄土案内人こと、『ビリケンさん』です。お見知りおきをです」


 ビリケンって、あの電波塔の上層部に鎮座する金ぴか像のことか・・・・・・。


「そうは言っても貴君、あまりにも恥の多い人生をお送りなのです」


「好きで送っているんじゃない」


「お気に障りましたか、これは失敬です。でもまあ、生き恥を晒してでも、貴君にはことがあるのではァ? でないとこの次元に来れませんです」


 場の雰囲気を変えるように嘲笑のを止め、真面目なトーンでビリケンは訊いてきた。


「ひとつだけ聞いても良いか?」


「タダで答えれる範囲でならナンボでもお答えいたしますです」


「私が新人賞に応募した小説――――結果はどうだった・・・・・・」


 先ほどまでのサクラの威勢はどこにもなく、自信のない気持ちで一杯であった。


「残念ながら一次落です。たとえ今後生きていたとしても、生涯に渡って貴君の作品は世に出る事は絶対にありえないです」


「————そっか・・・・・・やっぱ、ダメやったか」


 サクラの目には大粒の涙が頬をこぼれていく。


「貴君のことは調べましたのです。人生の幸福を捨てでも、小説家になりたいと奮闘してきたが――結果は不幸しか残らなかった26年間。それが権兵衛サクラの生きた証なのです」


 同情しているのか、そこに表情はないのだが、言葉の優しさがあるように心を慰める。


「でもいいや、一人だけ読んでくれた人が居たから・・・・・・それで心残りはチャラ。成仏成仏」


 そうサクラの小説は書籍として世に出ることはなかったが、ネット小説サイトで投稿はしていた。


 どの作品もPVは一桁でプロローグ止まりだった。


 それでも投稿したすべての小説に評価を送ってくれた、名無しの人物フォロワーがいたことをサクラは決して忘れることはない。


「そう地獄に行き急がなくていいですよ。貴君の作品は読ましてもらったけど、万人受けはしないのは間違いないですがァ」


「辛辣なコメントどうも」


(地獄行き決定なんだ…)


「でも、貴君の夢を、小説をもっと多くの人に知って貰いたいとボクは思うのです」


「いいよ――死んでしまった今じゃあ、どうしようもない」


 サクラは亜空間で何も見えない視界を涙で歪ませていく。


「聞かせて欲しいです。どうして貴君は作家になりたいです?」


「欲しい――――何も残せなかった惨めな人生にが欲しい! 生きていて私が納得できる理由が欲しいんだ!!」


「もし・・・・・・あなざーちゃんす手に入るとしたら、もう一度小説家を目指したいです?」


 ビリケンの言葉を返そうと両手で泣きじゃくったクシャクシャの顔をぬぐい、おもてを上げた。


「・・・・・・なりたよ! 何度生まれ変わっても絶対に作家として生きたい!!」


 サクラは生れて初めて自分の心に正直になれた。


「ではボクと一緒にコンビ組んで小説家目指すです」


「————っえ? ふぇえ!?」


 突如、サクラの目の前に金色に光り輝く、金髪碧眼の男の娘が現れた。


 昭和初期の少年が着てそうな服装で、足には下駄が履かれていた。


(もし、私が男やったらこの場で、腐ったゾンビの如く食い散らかしていたに違いない!)


「目指せ電〇大賞です!」


「えっ、アッッ違うぅぅ! レーベル志望は電〇文庫じゃなくて、講談〇ッ! 〇フィスト賞ッッ!!」  


 霧が晴れたかのように亜空間が消え、視界が光で包まれた。


 ここから権兵衛サクラの異世界生活——いや、作家人生に幕を開けるのであった。


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