第18話 無職奮闘!武器は存在感の無さ!

 そして僕は白雲さんから”ファイアボール”をコピーして杖を借り、走ってきた道に向かって放った。


「ファイアボール!」


 サッカーボールよりも少し小さいくらいの火の玉が真っ直ぐ放たれる。重力に逆らうような軌道とその距離を確認し、頭の中でシミュレーションした。


「な、なんで平くんが白雲さんの”ファイアボール”が使えるんだ?」

「後から全部話します」


 説明してる暇はない。忘れないうちに”ファイアボール”が氷柱さんに届く距離まで近寄る。狙いは氷柱さんの目の前に生えている木。ちょうどいいタイミングでモンスターと氷柱さんが会話を始めた。

 どこかで読んだ、スナイパーが狙いを定める時のルーティンを思い出し、呼吸を整えながら狙いを定める。仮に氷柱さんに当たったとしても大丈夫だと思うが、万が一がある可能性がある。嫌な汗を背中に感じる。さっき試した感じ、大丈夫だ。大丈夫、大丈夫。そう言い聞かせ、集中する。

 今だ!


「ファイアボール!」


 放たれた火球は真っ直ぐに対象へと向かい、氷柱さんの前に生えていた木に直撃した。後は運頼みだったが、思っていたより燃えてくれた。氷柱さんも脱出に成功したみたいだ。すかさず僕は声を張り上げた。


「どうだ俺の最大火力の炎は!逃げるなら今だぞ!」


 捕まえていた冒険者を逃がしたこと、横槍が入ったことでかなり神経を尖らせていたモンスターだったが、僕のセリフを聞いて、思わず顔がほころぶ。


「あ〜?今のが最大火力かよ。笑わせるねぇ!あんな火力なら、10発くらっても死なねぇよ!なんだ、心配して損したぜぇ。雑魚が粋がりやがってよぉ」


 自身の周りから木を何本か生やし、うねらせながら吐き捨てるように言ってきた。その様子を細かく観察する。モンスターはそう言いながらも近寄ってこない。氷柱さんへの警戒も解いていないようだ。なら…。


「ま、まじかよ…俺の最大火力がきかないなんて…せ、先生!後はお願いします!」


 そう言って、モンスターから白雲さんの表情が隠れるようにして杖を渡す。白雲さんは戸惑っているようだったが、もうやるしかない。


「白雲さん、僕を信じて、あのモンスター目がけて思いっきりアイスロックを使ってください。外れても構いませんから」


 白雲さんは不安そうな顔をしていたが、覚悟を決めてくれたのか、静かにうなずいてくれた。杖を両手で握りしめ、一歩前に出る。モンスターはニヤニヤしながらも、こちらを攻撃してくる気配もない。

 白雲さんの空気が変わり、詠唱モードに入る。「なんだ?またしょうもない技を使おうとしてるのかぁ?」と油断しているようだ。本当ならファイアボールを使ってもらいたいが、効果範囲や周囲への影響が分からないため、それをプレッシャーに感じて使うのをためらい、本来の火力が出せないだろう。だが、アイスロックは凍らせるだけだから周囲への影響を気にする必要もないし、最悪当たらなくてもいい。なぜなら。


「アイスロック!!」


 白雲さんがそう叫ぶと、モンスターから少し離れた地点からみるみる凍り始める。それを見たモンスターは即座に地面に潜り、なんとか凍結は回避したが、地面から生えていた木は完全に凍りついていた。

 気を逸らすか時間稼ぎ、そして白雲さんが脅威だと思われること。これが出来ればいい。

 僕はその間に、氷柱さんにこっちに来るよう手招きをして、真鍋さんに1つ頼み事をしていた。

 真鍋さんは疑いもせず、「分かった!」と良い返事をしてくれる。こういう場面では本当に頼もしい。

 さっきよりも僕たちから離れたところの地面がうごめき、モンスターが顔をのぞかせた。その表情からは怒りと焦り、そして強い警戒心を感じる。


「おいおい、弟子が雑魚だから油断してたぜ。そうか、お前が本命か。これは…」

「おい!お前!」


 モンスターが白雲さんに対して何かを言っていたが、それを遮るように真鍋さんが立ちふさがる。白雲さんは真鍋さんの後ろにすぽっと隠れてしまった。


「名前はなんて言うんだ!」

「………はぁ?」


 突然始まる突拍子もない会話。真鍋さんには、「あのモンスターの気を引いてほしいんです。端的に言えば、モンスターと会話してもらえますか?」とお願いしたのだ。

 その後も「いつからここにいるんだ」「何を食べるんだ」「人を痛めつけるのはやめてほしい」等など、狙っているのか素なのか分からないトーンでどんどんモンスターに話しかける。モンスターは、これが陽動なんじゃないかと勘繰り、周囲を警戒しながら、真鍋さんの脈絡ない発言にいら立っているようだった。

 その隙に氷柱さんがこちらに合流する。僕たちはモンスターから死角になるように木の陰に隠れた。


「氷柱さん、時間がありません。今はとりあえず僕の質問に答えてください」


 氷柱さんの鋭い視線が僕の目に突き刺さる。少し前だったら怖がってそらしていたが、今はまっすぐに見返す。時間にしてみれば1秒にも満たない視線のやり取りで、氷柱さんは納得してくれたようだった。


「分かった。何?」

「氷柱さんのパッシブスキル、アクティブスキル、それとモンスターの特徴、性格や攻撃パターン、気になったところを教えてください」

「分かった。パッシブスキルは"隠密"。敵から認知されていないか警戒されていなければ気付かれにくくなる。アクティブスキルは"忍び足"、"急所突き"、"乱刀"。それぞれ足音をたてずに歩く、必ず急所攻撃になる、速さ÷10回分切りつける。モンスターだけど、おそらく最初に見た私とモンスターの距離が最大射程範囲だと思う。性格はゲス、でも警戒し始めると不意打ちは難しいと思う。攻撃パターンは地面から木を生やしてしか見たことがない」


 的確に、最短時間で情報交換できるように回答してくれた。聞いた情報から勝ちの目を探る。逃げることも考えたが、もし白雲さんや僕が攻撃されたら、何発耐えられるか分からない。そんな僕たちをかばって、真鍋さんや氷柱さんが危険にさらされる可能性を考えたら、ここでやるしかない。

 敵もそろそろしびれを切らす頃だろう。これしかない。


「氷柱さん、2つ言うことを聞いてもらえますか?」

「聞く必要もない。なんだ?」

「僕と握手してくれますか?」

「やっぱり聞かせてもらえるか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る