第14話 無職達観!人生にはどうにもならないことがある!

 次の日、氷柱さんは本当に僕たちパーティについてきた。何度も「氷柱さんの期待にこたえられるようなことはないですよ」と伝えたが、「そうなると私が見誤ったことになる。それはそれで我慢ならない」と返され、現在に至る。

 ついてくるならくるで仕方ない。今までどおりの情けない姿を見せて、あきらめてもらおう。


「そ、それでは白雲さん、真鍋さんは昨日と同じようにしましょう」

「分かった!」

「は、はい!」


 そう言うと、それぞれポジションにつく。白雲さんが森のほうに向かって立ち、その少し後ろに真鍋さん、僕はその二人が横から見えるような距離に立つ。氷柱さんはというと、僕の少し後ろで腕を組んで立っていた。

 白雲さんの向かっている先には3メートル間隔で石が4つ置かれている。


「2!」


 真鍋さんがそう言うと、白雲さんは杖を構え、「アイスロック!」と唱えた。すると、1個目の石周辺が凍り、それを見た白雲さんはがっくりと肩を落とす。


「ま、またダメ…」

「くじけるな白雲さん!何度でもチャレンジだ!」


 真鍋さんがそう励ますと、さっきまで弱気な顔をしていた白雲さんだったが、キリッとした表情に変わり、杖にぐっと力を入れて石に向き直った。

 今何をしているのかというと、1つ目の石を中心に、真鍋さんが言った石まで凍らせる練習、効果範囲の調整特訓だ。もちろん速度も大事だが、速度よりも先に意図した範囲でスキルが打てるようになるほうがこちらとしてはありがたい。というより、白雲さんのスキルに巻き込まれて僕が死ぬ、なんてことも本当にあり得るかもしれなくて怖い。でもどちらかというと、自分が死ぬことより、自分を殺してしまったという白雲さんのほうがメンタル的にはやばそうだ。僕はその場合メンタルどうこう言ってる場合じゃないのだが。


 そんなことを考えていると、僕の足元にスライムがあらわれた。瞬間、僕は女性でも出せるかどうか分からない高音域の悲鳴を出し、真鍋さんのほうに駆け出した。


「ま、真鍋さん!ススス、スライムです!」

「よし!任せろ!」


 僕と白雲さんは真鍋さんの後ろに隠れる。真鍋さんは盾をスライムに構える。スライム特有の攻撃モーション、跳ね返る前のゴムボールのように収縮する姿勢を見せる。次の瞬間、また「ドゴォ!」という音がするんだろうなと身構えるが、いっこうに音がしない。

 不思議に思って真鍋さんのほうを見ると、盾を構えるのをやめて立っており、その向こうから氷柱さんの声が聞こえてくる。


「冗談…だよね?」


 真鍋さんの視線の先を見ると、短刀を手に持った氷柱さんが立っていた。

 近くには真っ二つにされたスライム。スライムはそのまま消えていった。どうやら氷柱さんがスライムを一刀両断してしまったようだ。

 氷柱さんは短刀をしまいながらこちらに向き直る。僕は真鍋さんの後ろに隠れるのをやめて、氷柱さんの近くまで歩み寄る。


「スライムごときにあそこまでビビるなんて正気?とても演技とは思えなかったけど。それに今やってる練習。白雲さんはロクにスキルが使えないってこと?」


 いつもと変わらない眼差しでまっすぐこちらを見つめてくる。しかし、声色からは怒りを感じた。僕は小さめに1つ深呼吸をした。


「も、もちろん正気です。ぼ、僕はスライムの攻撃を、数発くらうと死んでしまうので、ひ、必死なんです。そ、それに、白雲さんはスキルが強力すぎて、制御をするのが難しい状況なんです。だから、今、僕たちは必死にレベル上げをしているところです」


 なんとか言えた。心臓はバクバクしている。僕の言葉を聞いてどう感じたのか分からないが、氷柱さんは少しの間口を閉じ、何かを考えているようだった。

 しばらくして、再び氷柱さんが口を開く。


「今、あなたたち何レベル?」

「ぼ、僕は10Lvですが、職業が無職のせいで、ス、ステータスは真鍋さんと比べて圧倒的に劣ってます。真鍋さんはLv3。白雲さんはLv1です」


 これは氷柱さんも予想外だったようで、少しだけだがいつもより目が大きく見開いており、驚いていることが分かった。氷柱さんはチラリと二人のほうを見る。真鍋さんはいつもどおりニコニコしており、白雲さんはその後ろで恥ずかしそうにしていた。


「そう…」


 それだけボソッと呟くと、氷柱さんは僕たちは反対方向に向き直り歩き出す。


「どうした氷柱さん!お手洗いか?」


 この状況でその発言ができるのは素直に尊敬するが、同時に恐怖も覚える。相手が相手だ。下手をすると何をされるか分からないじゃないか。

 そう思いつつ氷柱さんの背中を見守っていると、足をピタリと止めた。


「パーティを抜ける。期待外れだった」


 それは思っていたよりも数倍早いパーティ脱退宣言だった。遅かれ早かれ脱退されると思っていたが、まさか翌日とは。


「私は早く魔王を倒して、元の世界に戻りたいの。そのために、平は使えると思ったからパーティに入ったし、その平が集めたメンバーだからすごいものだと思っていた。でも違った。だから抜ける。それだけ」


 言いたいことはすべて言えたのか、氷柱さんは歩き出す。僕含め、誰も何も言えなかった。遠ざかる背中を見送ることしか、僕たちにはできなかったのだ。視界から氷柱さんが見えなくなってから、重々しい空気をなんとかしようと、慣れないながらも僕から話し出すことにした。


「ご、誤解が早く解けて、良かったです。ですが、皆さん、す、すみません!ぼ、僕が氷柱さんに変な期待を持たせてしまったせいで、結果、み、皆さんも傷つくような事を言われてしまって…。僕のせいです。すみません」


 二人に向き直り、深々と頭を下げる。何も言われないので少し怖かったが、二人ともほぼ同時に口を開いた。


「何を言う!平くんが悪いことなんて1つもないぞ!人の価値観はそれぞれだ!仕方ないことだ!」

「わ、私こそポンコツでご、ごめんなさい。は、はやくスキルを使えるようにして、お、恩返ししますから!」


 二人ともいい人すぎる。二人の言葉に少しだけ胸が軽くなった。自分が悪く言われるのは仕方ないが、二人にも多少なり流れ弾が飛んで行ったのは本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。お詫びにはならないかもしれないが、白雲さんと真鍋さんのレベル上げを全力でサポートしよう。そう考えた。

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